透析百科 [保管庫]

3.2  鉄欠乏の診断

1. 鉄欠乏の診断の基礎

過剰な貯蔵鉄は生体に有害な作用を及ぼす[1-3]。一方、末梢血には造血に必要な量の鉄が存在していなければならない。したがって、貯蔵鉄量は多すぎず、末梢血の鉄量は少なすぎないことが必要である。これを理解したうえで、鉄欠乏の基準を考えることが必要である。

 

 

2. 体内の鉄量を評価するための指標

貯蔵鉄量の指標には血清フェリチン値を用い、末梢血の鉄量の指標には鉄飽和率〔Fe/TIBC×100あるいはFe/(UIBC+Fe)×100〕を使用する。貯蔵鉄量の指標に血清フェリチン値を用いるのは、血清フェリチン値が肝細胞や網内系マクロファージに貯蔵されている鉄の量をよく反映することによる。一方、末梢血中の鉄量の指標に血清鉄濃度ではなく鉄飽和率を使用するのは、末梢血中で鉄を運搬する蛋白質であるトランスフェリン濃度が栄養状態にも影響されるためである。すなわち、栄養状態の悪い患者では、鉄欠乏でもないのに、トランスフェリン濃度が低いがゆえに血清鉄濃度も低くなることがある。そこで、血清鉄濃度をトランスフェリンの鉄結合能で割った値(鉄飽和率)をトランスフェリン濃度で補正した血清鉄濃度とみなして使用する。ただし、鉄欠乏ではトランスフェリンの産生が亢進するので、鉄飽和率は必ずしも単純な補正血清鉄濃度ではない。その他、MCVが4〜5ヶ月間にわたって低下傾向を示す場合も鉄欠乏があると判断してよい。

 

 

3. 体内の適正な鉄の量

2008年版日本透析医学会「慢性腎臓病患者における腎性貧血治療のガイドライン」[4]では、鉄欠乏とは鉄飽和率が 20% 未満、血清フェリチン値が100 ng/mL未満の状態であるとしている。一方、鉄欠乏に関する基本的な考え方である「貯蔵鉄量は多すぎず、末梢血の鉄量は少なすぎないことが大切である」という立場に立った別の提案もある。

前田らは、鉄欠乏の診断基準を、まず鉄飽和率が 20% 未満であることが一義的な条件で、そのうえで血清フェリチン値が 60 ng/mL 未満であることとしている。そして、もし鉄飽和率が 20% 以上で血清フェリチン値が 60 ng/mL 未満であるなら、これは理想的な状態であるとしている(理想的鉄欠乏)。さらに前田らは、鉄飽和率が 20% 以上で血清フェリチン値が 100 ng/mL 以上なら、これは鉄過剰状態であるとしている。表には、血液透析患者の鉄状態に関する前田らの分類をまとめる[5]。

前田らの血液透析患者の鉄状態分類[5]
分類 血清フェリチン濃度 鉄飽和率
 1.鉄過剰 100ng/mL以上

20%以上

 2.相対的鉄欠乏 60ng/mL以上 20%未満
 3.鉄充足 60ng/mL以上、100ng/mL未満  20%以上
 4.理想的鉄欠乏状態 60ng/mL未満   20%以上
 5.鉄欠乏 60ng/mL未満 20%未満

なお、持続性の炎症が存在する場合には、たとえ鉄欠乏がなくても鉄飽和率は低値を示す。

鉄過剰は血清フェリチン値と鉄飽和率に基づいて診断する以外に方法がないが、いずれの指標も鉄過剰に関しては感度と特異性が低い。文献的には、とりあえず血清フェリチン値が 500 ng/mL以上、あるいは鉄飽和率 50%以上を鉄過剰としているが、これらの指標がそれよりも遥かに低いレベルであっても酸化ストレスマーカーが著明に上昇したとの報告がある。

 

 

 

1. Klipstein-Grobusch K, et al.: Serum ferritin and risk of myocardial infarction in the elderly; Rotterdam Study. Am J Clin Nutr 69: 1231-1236, 1999.

2. Mezzano D, et al.: Inflammation, not hyperhomocysteinemia, is related to oxidative stress and hemostatic and endothelial dysfunction in uremia. Kidney Int 60: 1844-1850, 2001.

3. Feldman HI, et al,: Iron administration and clinical outcomes in hemodialysis patients. J Am Soc Nephrol 13: 734-744, 2002.

4. 2008年版日本透析医学会「慢性腎臓病患者における腎性貧血治療のガイドライン」. 透析会誌 41(10): 661-716, 2008.

5. 前田貞亮、他:血液透析患者の鉄の至適指標は低フェリチン高TSAT. 日本透析医会雑誌 22: 242-249, 2007.


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