透析百科 [保管庫]

1.3  至適透析量

1.至適透析量の定義

ここでは、至適透析を「死亡率を可能な限り低くする透析」と考え、Kt/V あるいは尿素除去率(URR)などの透析量の至適レベルとは「死亡率(死亡のリスク)を可能な限り低くする透析量のレベル」と定義する。

Kt/V の上記の至適レベルは、Kt/V 以外のパラメータの値、とくに透析前血清リン濃度、nPCR、体重増加率などが、基準とした患者群(対照としたKt/Vの患者群)におけるそれぞれのパラメータの平均値と大きくは異なっていない場合にのみ、有効である

なお、以下に述べる透析量に関する諸指標のレベルと死亡のリスクとの関係は、週3回の血液透析患者についてのものであり、他の治療条件(たとえば週2回や週4回以上の透析など)の患者には適応できないことに気をつけなければならない。

 

 

2.至適Kt/V

a.  Single-pool Kt/V
日本透析医学会統計調査委員会は、多変量解析法を用いて single-pool Kt/V (以後、Kt/Vsp と略す)と死亡のリスクとの関係を求めた。同委員会の 2001年度の調査結果の解析によると、図1に示すように、Kt/Vsp  が 1.2 に達するまでは Kt/Vsp の増大にともなって死亡のリスクは急速に低下していき、さらに Kt/Vsp が 1.8 に達するまで Kt/Vsp の増大にともなって死亡のリスクはなお緩徐に低下していく[1]。したがって、この解析結果によると Kt/Vsp の至適水準は 1.2 以上であって、Kt/Vsp がこれよりも大きければ大きいほどよいことになる。同様に K/DOQI Guidelines 2000 でも、至適 Kt/V を 1.2 以上としている。これに対し、アメリカ多施設臨床試験である HEMO Study グループは、アメリカの平均 Kt/Vsp(1.32±0.09)よりもさらに大きな Kt/Vsp の透析を行っても死亡のリスクは低下しないと報告している[2]。
 

b.  Kt/Ve
日本透析医学会統計調査委員会は、ロジスティック回帰分析法を用いてKt/Ve(以後、Kt/Veと略す)と死亡のリスクとの関係を求めた。その結果によると[3]、Kt/Ve が 1.2 に達するまでは、Kt/Ve の増加に伴って死亡のリスクは低下する。従って、Kt/Ve の至適レベルは 1.2 以上ということになる。さて、確かに Kt/Ve の増加に伴って死亡のリスクは低下するものの、Kt/Ve が 0.9 以上になると、Kt/Ve の増加に伴うリスクの低下の程度は必ずしも顕著ではない。一方、Kt/Ve が 0.9 を下回って低くなると、死亡のリスクは著しく増大する。従って、やむを得ない理由によって 1.2 以上の Kt/Ve の確保が困難であったとしても、少なくとも 0.9 以上の Kt/Ve を確保することは、最低限必要であろう。

c.  Kt
Kt/V は尿素クリアランスと透析時間の積を体のサイズの指標のひとつである体液量で補正した指標、すなわち単位体液量あたりの Kt である。これに対し、Kt は体のサイズの違いを考慮しない透析量の指標である[4]。ここで生じる疑問は、Kt/V と Kt とでは、いずれがより優れた指標であるかということである。

もし透析量の指標としての Kt の妥当性を論ずるとしたら、以下のような説明もあるかもしれない。---- 透析による尿素の除去量はダイアライザの尿素クリアランス(K)が大きいほど、また透析時間(t)が長いほど多くなる。そこで、ダイアライザの尿素クリアランスと透析時間の積である Kt は、尿素の除去という点からみた透析量を表す。
さて、尿毒症物質は体液中ではなく、臓器内で産生される。したがって、Kt は体液量ではなく臓器重量で補正されるべきであろう。しかし、実際には体格と臓器重量との関係を明らかにすることは困難である。したがって、Kt を臓器重量で補正することはできない。ところで、臓器重量は、体格が大きな患者と小さな患者で体液量ほどにはバラつかない[5]。したがって、Kt を体液量で補正するくらいなら、どの体格の指標でも補正しない方がよいかもしれない。---- ところが、実際には体格の異なる患者における体液量と臓器重量の関係、あるいは体液量と尿毒症物質産生量の関係は、なお十分に明らかではない。したがって、上記の説明も十分な説得力をもつものではない。

そこで、Kt の妥当性を示すには、死亡のリスクと Kt/V との関係おける Kt/V のインパクトの強さと、死亡のリスクと Kt との関係おける Kt のインパクトの強さを比較するのが適切であることになる。しかし、そのために現時点でできることは、死亡のリスクと Kt/V との関係および死亡のリスクと Kt との関係を眺めて、直感的にそれぞれの指標のインパクトを評価するしかないだろう。当然のことながら、このような方法の妥当性 は認められてはいない。すなわち、Kt/V と Kt のいずれの指標が優れているのかを評価することは現時点では困難である。

もし死亡のリスクと Kt/V との関係も、死亡のリスクと Kt との関係も、いずれも死亡のリスクと透析量との関係を表しているという立場に立つと、Kt/V よりも Kt の方が実用的である。すなわち、Kt に基づいて適正透析を考えるのであれば、与えられた透析時間の下では、すべての患者について同一の透析条件を適用すればよいことになる。Lowrie らによると、適正 Kt は男性では 45〜 50L、女性では 40〜45Lである[4]。

d.  尿素除去率(URR)
K/DOQI Guidelines 2000 では、至適尿素除去率を 65% 以上としている。これに対し、アメリカ多施設臨床試験である HEMO Study グループは、アメリカの平均的な尿素除去率(66.3±2.5%)よりもさらに大きな透析量の透析を行っても死亡のリスクは低下しないと報告している[2]。

透析量があるレベルを超すと死亡のリスクのそれ以上の低下はないという報告よりもさらに進んで、透析量があるレベルを超えると死亡のリスクが逆に増大するとの報告もある。例えば、McClellan らは尿素除去率が 70% を超えると死亡のリスクは逆に上昇したと報告している[4]。また、Chertow らは、尿素除去率が 64.1 〜 67.4% の患者グループに比べて、尿素除去率が 67.4 〜 71.0% の患者グループでもこれが 71.0% 以上の患者グループでも死亡のリスクは高かったとしている[5]。さらに、日本の患者のデータの解析でも、透析量としてクリアスペース率(改善された尿素除去率と考えてよい)を採用した場合には、透析量が高い患者(クリアスペース率が 80% を超える患者)で死亡のリスクが上昇するとの結果が得られている[6]。

透析量があるレベルを超えると死亡のリスクが逆に増大することについて、Chertow らは透析量が大きい患者では大きな透析量の理由が高効率あるいは長時間の透析にあるのではなく、筋肉量が少ないことにあり(筋肉量の少ない分だけ、体液量が少ない)、筋肉量の少ない患者ではそもそも死亡のリスクが高いと説明している[5]。しかし、わが国の2施設の全患者(294名)で Kt/V と筋肉量の指標である %CGR との関係を調べたところ、Kt/V が高い患者では %CGR も高いとの結果が得られた(図1)。Chertow らの結果とこの調査の結果はそれぞれ異なる患者集団で得られたものなので、この調査の結果が直ちに Chertow らの説明を否定するものではない。しかし、Chertow らの説明を何らかの方法で検証することも必要であると思える。

Lowrie は多くの文献を見比べて、透析量に尿素除去率を採用した場合には透析量があるレベルを 超すと死亡のリスクは再び増大するという結果が得られているが、透析量に Kt/V  を用いた場合には透析量が高くなっても死亡のリスクは増大しないという結果が得られていると述べている[7]。これは、尿素除去率は尿素除去量と比例するのに対し、Kt/V は透析量が増大していくにしたがい、尿素除去量と比例しなくなっていくことによるのかもしれない。

 

 

 

文献

1.    わが国の慢性透析療法の現況(2001年12月31日現在). pp.559-560, 日本透析医学会, 2002.

2.    Eknoyan G, Beck G, Cheung AK, et al: Effect of dialysis dose and membrane flux in maintenance hemodialysis. N Engl J Med 347:2010–2019, 2002.

3.    わが国の慢性透析療法の現況(1998年12月31日現在). pp.612-613, 日本透析医学会, 1999.

4.    McClellan WM, Soucie JM, Flanders WD: Mortality in end-stage renal disease is associated with facility-to- facility differences in adequacy of hemodialysis. J Am Soc Nephrol 9: 1940-1947, 1998.

5.    Chertow GM, Owen WF, Lazarus JM, et al: Exploring the reverse J-shaped curve between urea reduction ratio and mortality. Kidney Int 56: 1872-1878, 1999.

6.    新里高弘, 他:適正透析に関連する新しい指標:クリアスペース率. 日本透析医学会雑誌 39(第51回日本透析医学会学術集会・総会特別号) : 600, 2006.

7.    Lowrie EG.:The Normalized Treatment Ratio (Kt/V) Is Not the Best Dialysis Dose Parameter. Blood Purif 18:286-294, 2000.

 

 


Tweet
シェア
このエントリーをはてなブックマークに追加