26.3 死亡の相対危険度(多くの患者に適応するための諸パラメータ値の目標域)
ロジスティック回帰分析法の項で述べたように、ロジスティック関数の回帰係数(β1、β2、・・・βi・・・βnの値)および定数β0 の値を決定してロジスティック回帰式を作成すれば、それに任意の患者のそれぞれのパラメータの値を代入することによりロジット値を算出することができ、さらにそのロジット値からはその患者の死亡のリスクを推定することができる。しかし、日常診療において、注目している患者のパラメータ値をすべてロジスティック回帰式に代入し、それによりその患者の死亡のリスクを推定しようとするのは非現実的である。そこで、次善の策として、すべての患者に「多くの患者で死亡のリスクを最小にするパラメータ値の範囲」を根拠に決定されたガイドラインを適用することが多いように思える。
しかし、「多くの患者で死亡のリスクを最小にするパラメータ値の範囲」を決定しようとする場合には、注目しているパラメータ以外のパラメータ値は、すべての患者で等しいと仮定している。以下に、Kt/Vを例にとって、ロジスティック回帰分析を利用して「多くの患者で死亡のリスクを最小にするパラメータ値の範囲」を決定する方法を述べる。
まず、Kt/Vを含むn個の因子を含む以下のようなロジスティック関数を作成する。
ln[p/(1-p)] = β0 +β1X1+β2X2+・・・+ β(Kt/V)X(Kt/V) +・・・+βnXn (1)
次に、Kt/Vを含むn個パラメータの値の様々な組み合わせに基づいて数千名以上の解析対象患者を多くの群に分ける。そして、上記のロジスティック関数の右辺を使ってn個のパラメータの値から推定したそれぞれの患者群のロジット値と、左辺を使って実際の死亡率から算出したそれぞれの患者群のロジット値の差のすべての患者群の合計が最小となるように、回帰係数(β0 、β1、β2・・・β(Kt/V)・・・βn)を決定する。
ロジスティック関数の回帰係数を決定したら、死亡のリスクとの関係を明らかにしようとしているパラメータの値に基づいて患者をグループ分けし、グループ分けされた患者群の中から、「最も平均的と思える患者群」を対照群として選び出す。ここでは、Kt/V値と死亡のリスクとの関係を明らかにする場合を考えているので、例えば、解析対象患者をKt/V値の0.2ごとにグループ分けし、Kt/V値が0.9〜1.1の患者群を対照群とする。そして、対照群におけるKt/Vの中央値(この場合はKt/V値が0.9〜1.1の患者群を対照群としたので、中央値は1.0となる)およびKt/V以外のパラメータの対照群における平均値を、すでに回帰係数が決定されているロジスティック関数(ロジスティック回帰式)に代入して対照群のロジット値を算出する。
次に、対照群以外の群についても、対照群で行ったのと同様な方法でロジット値を求める。ただし、その場合には、Kt/V値についてはその群での中央値を用い、Kt/V以外のパラメータの値には対照群におけるそれぞれのパラメータの平均値を用いる。そして、対照群のロジット値とその他の患者群のロジット値から、対照群の死亡のリスクを1.0とした場合のそれぞれの患者群の死亡のリスク値を算出する。
具体的には、まず、Kt/V値の中央値は X(Kt/V)* であり、それ以外のパラメータの値は対照群における平均値に等しい「別の患者群」を想定する。そして、ロジスティック回帰式のX(Kt/V) の項にはこの群におけるKt/V値の中央値X(Kt/V)* を、その他の項には対照群の平均値を代入することにより式(2)を得る。
ln[p*/(1-p*)] = β0 +β1X1+β2X2+・・・+ β(Kt/V)X(Kt/V)* +・・・+βnXn (2)
ここで、対照群のロジスティック回帰式は式(1)で示されている。
ln[p/(1-p)] = β0 +β1X1+β2X2+・・・+ β(Kt/V)X(Kt/V) +・・・+βnXn (1)
さて、式(1)と式(2)で異なるのは、X(Kt/V) の項だけなので、式(2)から式(1)を差し引くと、以下の式が得られる。
ln[p*/(1-p*)] - ln[p/(1-p)]
= ( β0 +β1X1+β2X2+・・・+ β(Kt/V)X(Kt/V)* +・・・+βnXn)
- (β0 +β1X1+β2X2+・・・+ β(Kt/V)X(Kt/V) +・・・+βnXn)
= β(Kt/V) X(Kt/V)* - β(Kt/V)X(Kt/V) = β(Kt/V) [X(Kt/V)* - X(Kt/V)] (3)
これを書き換えると、式(4)が得られる。
[p*/(1-p*)]/[p/(1-p)] = exp [β(Kt/V) (X(Kt/V)* - X(Kt/V))] (4)
上記の式(4)の左辺は、Kt/V値がX(Kt/V) であった患者群の(死亡率/生存率)に対するKt/V値がX(Kt/V)*であった患者群の(死亡率/生存率)の比であり、それを「Kt/V値がX(Kt/V) であった患者群を基準とした場合のKt/V値がX(Kt/V)*であった患者群の死亡の相対危険度」と呼ぶ。日本透析医学会統計調査委員会が報告しているKt/V値と死亡のリスクとの関係とは、Kt/V値とこの「死亡の相対危険度」との関係のことであり、しばしばこの報告を基に「Kt/V値の目標域」が設定される。
ここで再び述べておきたいのは、ロジスティック回帰分析を用いて決定したKt/V値と死亡の相対危険度との関係は、Kt/V以外のパラメータの値はどのKt/V群の患者においても対照群(基準とした患者群)における平均値に等しいということを前提としていることである。すなわち、もしある患者のKt/V以外のパラメータ、例えばnPCRの値が対照群におけるnPCRの平均値から大きく外れているなら、そのような患者に「多くの患者で死亡のリスクが最小になるKt/V値の範囲」をKt/Vの目標域として適用してはならない。
例えば、今、nPCR値が0.60 g/kg/day、かつsingle-pool Kt/V値が0.8の患者がいたとする。ロジスティック回帰分析により決定した「多くの患者で死亡のリスクが最小になるsingle-pool Kt/V値の範囲」は1.0〜1.8なので、この患者ではKt/Vを増やすべく血流量を上昇させるなど、透析処方の変更を行なわなければならないことになる。しかし、「多くの患者で死亡のリスクが最小になるsingle-pool Kt/V値の範囲」は、「その患者のnPCR値は、single-pool Kt/Vの範囲が1.0〜1.2である患者群(対照群あるいは基準とした患者群)におけるnPCRの平均値(1.03 g/kg/day)に等しいこと」を前提として決定されている。したがって、実測のnPCR値が基準とした患者群におけるnPCRの平均値から著しく外れているこの患者には、「多くの患者で死亡のリスクが最小になるsingle-pool Kt/V値の範囲」を至適Kt/Vの範囲として適用することはできない。
個々の患者の至適透析条件に続く。