透析百科 [保管庫]

31.4 痂疲の除去

ボタンホール穿刺では、透析終了後、まもなく皮膚の穿刺孔の上に痂疲が形成される(図1)。

この痂疲は、次の透析時のボタンホール穿刺までには除去しておかなくてはならない。もし痂疲の除去が不完全であれば、穿刺孔の上に残留する痂疲の破片がボタンホール穿刺ルートに押し込まれるリスクが生じ、これはアクセス血管の感染の原因になり得る 。

現時点では、多くの施設で痂疲を除去するのに注射針を使用している。しかし、最近、湿潤療法により痂疲を軟らかくしておいてから除去する新しい方法が開発された。

 

 
  図1:皮膚の穿刺孔の上に形成され た痂疲
 

1. 注射針を用いる従来の方法

痂疲を含む皮膚の穿刺部位をよく消毒し、次に 18G ないし 21G の注射針を用いて痂疲を取り除く方法である。注射針で痂疲を除去した後は、再び穿刺部を消毒してからボタンホール穿刺ルートにダルニードルを挿入する。

この方法では、しばしば穿刺孔が傷つき、また患者に痛みを与える(図2)。さらに、この方法では、痂疲の一部が小断片に破砕され、しばしば穿刺部位に残留する。これは、ボタンホール穿刺法でアクセス血管の感染が多い理由のひとつであると思われる。

 

  図2:痂疲を注射針で除去した直後の穿刺孔。穿刺部の皮膚が傷つき、出血している
 

2. 湿潤療法を用いる方法

a. 浸潤療法による穿刺孔処置の手順
湿潤療法により痂疲の形成を抑制し、かつ痂疲を除去しやすくする方法である。
透析終了後、皮膚の穿刺部を湿潤状態に保つと、形成される痂疲は穿刺部から剥離しやすい非常に小さなものとなる。このようにして形成される痂疲は、次の透析の前夜の入浴時、あるいは次の透析の直前にアクセス血管のある上肢を洗う際に市販のマイクロファイバータオルで擦り落とす ことにより除去する。
具体的な湿潤療法の手順をまとめる。
 

(1)  透析終了とともに、従来どおりダルニードルを抜去し、穿刺部の圧迫止血をおこなう。

(2)  止血が完了したら、穿刺部を生理的食塩水あるいは蒸留水で 100 倍に希釈したイソジン液あるいは J-ヨード液で軽く消毒する。消毒薬を皮膚に擦り付ける必要はなく、単に消毒薬を皮膚に塗る程度でよい。

イソジン液あるいはJ-ヨード液を 100 倍に希釈してから使用するのは、これらの消毒薬は 100 倍に希釈したときに殺菌作用を有する遊離ヨウ素濃度が最大になること(図3)、および 100 倍に希釈するとイソジン液あるいは J-ヨード液に界面活性剤として含まれるラウロマクロゴール(Lauromacrogol)も希釈されて、この物質による細胞傷害作用が実質的に消失することによる。

図3:ポビドンヨード液(イソジン液、J-ヨード液)の希釈率と遊離ヨウ素濃度(第10回日本腹膜透析研究会の松岡らの口演から)
 

アクセス血管の感染の原因菌としてもっとも多い黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)は希釈前のイソジン液あるいは J-ヨード液では殺菌されず、100 倍に希釈して初めて殺菌されると報告されている(第10回日本腹膜透析研究会の松岡らの口演)。なお、イソジン液あるいは J-ヨード液を100倍に希釈すると殺菌力は増大するものの、殺菌力の持続時間は短縮する。

100倍に希釈したイソジン液あるいはJ-ヨード液は市販されていない。自身で毎透析前に希釈するしかない。

(3)  100 倍に希釈したイソジン液あるいは J-ヨード液による消毒が終了したら、穿刺部にシート状の滅菌被覆材(ドレッシング)を貼る。ときに滅菌被覆材で皮膚にかぶれが生じる患者がいる。このような患者では、現時点では湿潤療法による痂疲の除去 は控えるしかない。

(4)  滅菌被覆材を貼付してからおおよそ 24時間後に被覆材を剥がす。その後は、穿刺部はそのままに放置しておく。

 

(5) 透析の前夜(週末を挟まない 2 日空の透析では、被覆材を取り除いた日の夜)、入浴時に穿刺部に形成されている痂疲を市販のマイクロファイバータオルで擦り落とす。湿潤療法をおこなっていない場合には、入浴時に穿刺部をマイクロファイバータオルで擦っても、通常、痂疲は除去できず、ときには穿刺部の皮膚が傷ついて出血することもある。

痂疲を除去した後の穿刺孔の上には薄膜の形成が認められるが、痂疲の断片の残存は認められない(図4)。

 

  図4:次の透析の前日、入浴時にマイクロファイバータオルで痂疲を除去した後の穿刺孔。穿刺部は薄い膜で覆われているが、写真では膜そのものを確認すること はできない。穿刺孔は縦に走る赤い切痕として、膜を通して透けて見える(矢印)。痂疲の断片は認められない。
 

組織学的には、この膜はまだ核が残っている角化細胞(錯核)を含む角化層である(図5)。

図5:穿刺部に形成された薄い膜の組織像
 

この方法では被覆材を剥がすまでは被覆材がボタンホール穿刺ルートへの細菌の侵入を阻止するバリアとして機能するが、被覆材を剥がした後は痂疲 が、そして痂疲を除去した後は新たに形成された角化層が、細菌の侵入を阻止すると思われる。

もし透析の前夜に入浴しなかった場合には、透析のため来院した際、アクセス血管のある腕を洗う時に同様な方法で痂疲を除去する。ただし、この場合には痂疲が十分に水分を含むまで、腕 の穿刺部を水に浸しておかなければならない。

(6)  次の透析時には、穿刺部を100倍に希釈したイソジン液あるいは J-ヨード液で消毒し、その後、穿刺孔の上に形成された角化層を貫いてボタンホール穿刺をおこなう。穿刺孔の上に形成された角化層を貫くのに適した、先端がやや細くなっているダルニードル(商品名:スマート ダルニードル、旭化成メデイカル株式会社製)が開発されている。

b. 浸潤療法による穿刺孔処置の簡易法
上記の滅菌被覆材を使用する湿潤療法(皮膚の損傷の後に施行される一般的な湿潤療法)では、しばしば被覆材を貼付した部分にかぶれが生じる。また、穿刺部の処置に関する操作も複雑であり、さらに滅菌被覆材を使用するために治療コストが上昇する。これらの問題を解決するため、簡易湿潤療法が工夫されている。

 

c. 痂疲の除去程度
ボタンホール穿刺ルートの作成後、まだ時間が経っていない穿刺部では、湿潤療法で処置することによって破片を残すことなく、ほぼ完全に痂疲を除去することができる。しかし、長期間 、通常の処置を行った穿刺部に対して湿潤療法を適応した場合には、上記の方法で痂疲の除去を試みても、しばしばわずかな破片が残ってしまう。このような穿刺部にさらに湿潤療法による処置を続ければ、やがて痂疲を完全に除去することができるようになる のか否か、現時点では明らかではない。
尚、図4に示す痂疲除去後の穿刺孔は、ボタンホール穿刺ルートの作成後、まだ1ヶ月間程度しか経っていない穿刺孔である。