透析百科 [保管庫]

31.5 ボタンホール穿刺法におけるシャント感染

1. 感染症の頻度

ボタンホール穿刺法ではシャント感染が多いと報告されている[1-3]。シャント感染の原因菌としては圧倒的に黄色ブトウ球菌(staphylococcus aureus)が多い。これは、ボタンホール穿刺法でのシャント感染は、ほとんどの場合、皮膚表面の常在菌によることを示唆している。

 

 

2. 感染の成立要因

シャント感染が成立するためのボタンホール穿刺法に特有の要因には、細菌の増殖の場となり得るフリースペースの存在と細菌が侵入しやすいルートの存在が考えられる。

 a.フリースペース
ボタンホール穿刺ルート(ボタンホール・トンネル)は生体組織の弾力性のために通常は閉じているとは言え、それでも生体組織に囲まれて体液が充填されているフリースペース には違いない。このようなフリースペースでは細菌が増殖しやすい。同様のフリースペースはグラフト内シャントの人工血管と周辺組織との間にも存在する。

 b.細菌の侵入ルート
ダルニードルをボタンホール穿刺ルートに挿入する際、細菌を含む痂疲の欠片(かけら)をボタンホール穿刺ルートに押し込んだり、あるいは穿刺部の皮膚に付着している細菌をボタンホール穿刺ルートに押し込むこともあり得る。もしこのような機序によるボタンホール穿刺ルートへの細菌の侵入を防ぐことができれば(細菌の侵入ルートの遮断)、たとえフリースペースが存在していても、シャント感染は生じないだろう。

 

 

3. 感染の予防

 a.シャント肢の洗浄
穿刺前の消毒に先立ってシャント肢を十分に洗浄することは極めて重要である[4]。しかし、最近は患者の高齢化に伴って、自分でシャント肢を洗浄することができない患者が増えてきた。
湿潤療法と入浴時の擦り落としにより痂疲を除去した場合には、穿刺部に形成されている角化層からなる薄膜を傷つけないように軟らかいタオルで洗浄する。

 b.消毒
クロルヘキシジングルコン酸塩(ヒビテン)あるいはポビドンヨード液(イソジン、J-ヨード)で穿刺部位を十分に消毒する[5-6]。市販のポビドンヨード液(10%)をそのまま使用する場合には、2分間、時間をおいてからボタンホール穿刺をおこなう。
 

 c.細菌の侵入ルートの遮断
  (1)ムピロシン軟膏の使用
Nesrallahらは、56人の在宅血液透析患者に対して、毎回、ダルニードルの挿入直後にムピロシン軟膏(薬)をダルニードルの挿入部に塗布したところ、ボタンホール穿刺ルートの感染が消失したと報告している[3]。彼らによると、ムピロシン軟膏の使用開始後にも感染が生じた患者が少数存在したが、詳しい調査によるとこれらの患者は指示に従わず、実はムピロシン軟膏を使用したと偽っていたとのことである。その後 は、数年が経過してもボタンホール穿刺に伴う感染は出現しておらず、現時点(2014年4月末現在)まで耐性菌も認められていないとのことである。
 
 
   バクトロバン鼻腔用軟膏2%
      (グラクソ・スミスクライン)
  (2)湿潤療法と入浴時の擦り落としによる痂疲の完全除去
ボタンホール穿刺の直前に金属針で痂疲を除去する従来の方法では、一見、痂疲が完全に除去されたようにみえても、拡大カメラで撮影した写真をみると、図1に示すように、なお痂疲の欠片(かけら)が残っていることが多い。これに対し、湿潤療法と入浴時のタオルによる擦り落法では、図2に示すように、痂疲は完全に除去される。湿潤療法と入浴時の擦り落とし法による痂疲の除去を勧める。
 

4. ボタンホール穿刺法におけるシャント感染の原因

Satoらは、166名患者の合計320部位のボタンホール穿刺部について、シャント感染と関係のある因子をロジスティック回帰分析法を用いて解析した。その結果によると、ボタンホール穿刺部の隆起型の変形のみが唯一、ボタンホール穿刺におけるシャント感染と関連しており、糖尿病か否か、人工血管内シャントか否か、などの因子はシャント感染に関係していなかった [7]。

長期間ボタンホール穿刺を続けると、穿刺部には図3に示すような隆起型の変形が生じる。隆起型の変形の中央部はしばしば陥没しており、外観としては、いわゆるフジツボ型を呈する。中央部が肉眼的に陥没していなかったとしても、ここがボタンホール穿刺ルートが開口している部位である以上、理論的にはミクロの陥没は存在するだろう。

穿刺部が一旦、フジツボ型に変形すると、陥没部であるボタンホール穿刺ルートの開口部を消毒綿で擦ることができなくなり、消毒薬による殺菌が不十分になると考えられる。おそらく、これがこのボタンホール穿刺法にシャント感染が多い理由であると考えられる。

長期間、ボタンホール穿刺を続けると、穿刺部に隆起型の変形が生じる理由は明らかではない。しかし、消化管出血で亡くなった、3年間ボタンホール穿刺を続けていた患者の穿刺部の組織像で穿刺部を肉芽組織が占めていた所見が得られたことより(図4)、穿刺部に隆起型変形の原因は繰り返す穿刺部の物理的な損傷ではないかと考えられている。その具体的なメカニズムとして、次のようなものが考えられた。

今、ボタンホール穿刺部が穿刺の際に傷つけられると、同部位には出血が生じ、また透析終了時の抜針の際の出血も加わって、血小板の機能亢進により凝血塊が形成される(凝固止血期)。やがて、この部位には多核白血球やマクロファージが集結し、またフィブリン網が形成される(炎症期)。やがて損傷部位に治癒過程が進行すると、そこでは線維芽細胞が出現してコラーゲン線維が産生されるようになる(増殖期)。しかし、次のボタンホール穿刺では再び同じ部位が障害され、これにより穿刺部には再度凝固止血期が生じ、まもなくこれに炎症期が続く。通常は、増殖期の後期にはコラーゲン線維の増殖を受けて線維芽細胞はアポトーシスを起こし、損傷部は瘢痕化して治癒するが、ボタンホール穿刺では、同一部位に短期間に凝固止血期、炎症期、増殖期が限りなく繰り返される結果、そこでは凝固止血期、炎症期、増殖期が混在することになり、しだいにコラーゲンの増殖の結果、穿刺孔の周辺部が盛り上がり(hypertrophic granulation)、肉眼的に図3に示すような隆起型の変形が生じるに至る。

なお、繰り返される穿刺部の損傷が痂疲の除去によるものなのか、あるいはダルニードルによるボタンホール穿刺ルート壁の物理的刺激によるものなのかは、明らかではない。

ムピロシン軟膏を穿刺部に塗布する ことにより感染を防ぐことができたのは、実は陥没部の底部にまで軟膏を押し込んで、ここに残っていたブドウ球菌を殺菌したことによるのかもしれない。

 

 

 

文献

1.    Gray N: The risk of sepsis from buttonhole needling must be appreciated. Nephrol Dial Transplant. 25 (7): 2385-86, 2010.

2.    Birchenough et al: Buttonhole cannulation in adult patients on hemodialysis: an increased risk of infection? Nephrol Nurs J  37(5):491-8, 2010.

3.    Nesrallah GE, et al: Staphylococcus aureus Bacteremia and Buttonhole Cannulation: Long-Term Safety and Efficacy of Mupirocin Prophylaxis. Clin J Am Soc Nephrol  5(6):1047-53, 2010.

4.    武重小世, 他:内シャント穿刺前の消毒方法についての検討〜簡潔で安全性の高い消毒方法とコスト削減を目指す〜. 長野県透析研究会誌 32: 71-74, 2009.

5.    Catheter Care and Accessing the Patient’s Circulation, Guidelines for vascular access, III. Prevention of Complications: Infection, GUIDELINE 15, NKF KDOQI GUIDELINES 2000,

6.    Chaiyakunapruk N, et al: Chlorhexidine compared with povidone-iodine solution for vascular catheter-site care: a meta-analysis. Ann Intern Med.136: 792-801, 2002.

 


Tweet
シェア
このエントリーをはてなブックマークに追加