17.4 透析中の便意促進(透析中断法)
1. 患者が透析中に便意促進を訴えた場合の対応 患者が透析中に便意促進を訴えた場合には、 (1) 透析を中断してトイレに行かせる (2) 便器を挿入してベッド上で排便させる (3) 透析を終了してトイレに行かせる などの選択が可能であるが、これは人間の尊厳の問題なので、元気な患者であれば、原則として透析を中断してトイレに行かせることを薦める。もし透析残り時間が30分以内であれば、透析を終了してからトイレに行かせるという選択も可能である。
2. 透析を中断する方法 透析を中断する方法には、(a) 一旦、体外循環している血液を体に戻してから、血液回路を切り離す方法、(b) 血液を血液回路とダイアライザ内に残したまま、血液回路を切り離す方法とがある。 以下に、穿刺針としてクランプ可能なシリコン部分を有するプラスチック外套(クランプキャス;図1)を使用している場合について、それぞれの方法を示す。穿刺針にAVF針(金属針)を使用している場合には、「クランプキャスのシリコン部分を鉗子によりクランプする」という手技を「クレンメによりAVF針チューブを閉鎖する」と読み替える(図2)。
なお、いずれの透析中断法についても、細部に透析施設ごとに極めて多くの変更がある。ここに示す方法はそれらのうちの一つに過ぎない。以下の記載は、それぞれ施設が実情に合わせて、あるいは患者の状態に応じて細部を変更することを前提としている。 例えば、「b. 体外循環していた血液を血液回路に残したまま、患者と血液回路を切り離す透析中断法」の(14)には「コネクティング・チューブを使用し、シャント血管、動脈側のクランプキャス、コネクティング・チューブ、静脈側のクランプキャス、シャント血管の順にゆるやかに血液をバイパスさせて凝固を防ぐ」と記載されている。しかし、シャント血管の発達が良好でない場合、あるいは動脈側穿刺針の挿入部と静脈側穿刺針の挿入部との距離が接近(おおよそ3cm 未満)している場合には、コネクティング・チューブを通って血液がバイパスしないことがある。そこで、そのような場合には、この手順を次のように変更することもある:2mLの注射器を用いて動・静脈側のクランプキャスを生理的食塩水で満たし、その後、クランプキャスに注射器を付けたまま、クランプキャスのシリコン部分を鉗子によりクランプする。 a. 体外循環している血液を患者の体に戻した後、血液回路を切り離す透析中断法 透析の中断と血液回路からの離脱 (1)透析中断操作に必要な必要物品を準備する (2)血圧を測定し、血圧値を透析カードに記入する (3)除水を停止する (4)血液ポンプを停止する (5)生食ラインと血液回路との接合部よりも動脈側で血液回路を鉗子でクランプする (6)生食ラインのローラー・クランプを開放する (7)血液ポンプを50〜100mL/min前後の速度で回転させ、これに伴って流出してくる生理的食塩水で生食ライン/血液回路接合部に形成された血栓を静脈方向に流す (8)血栓が静脈方向に流れたことを目視で確認した後、血液ポンプを停止する (9)生食ラインと血液回路との接合部よりも動脈側で血液回路をクランプしていた鉗子を開放し、同じ鉗子で生食ライン/血液回路接合部よりも静脈側の血液回路をクランプする。これにより、生食ライン/血液回路接合部よりも動脈側の血液回路内の血液がシャント血管に押し戻され、生食ライン/血液回路接合部よりも動脈側の血液回路が生理的食塩水で充填される (10)生食ラインと血液回路との接合部よりも動脈側の血液回路が生理的食塩水で充填されたことを確認したら、鉗子により生食ライン/血液回路接合部よりも動脈側で血液回路を再びクランプする (11)生食ラインと血液回路との接合部よりも静脈側で血液回路をクランプしていた鉗子を開放し、血液ポンプを50〜100 mL/min前後の速度で回転させる。これにより、生食ライン/血液回路接合部よりも静脈側の血液回路とダイアライザ内の血液はシャント血管に戻され、血液回路とダイアライザは生理的食塩水で充填される。血液回路とダイアライザがすべて生理的食塩水で充填されたことを確認したら、血液ポンプを停止する。 (12)鉗子により静脈チャンバよりさらに静脈側で血液回路をクランプする (13)動脈側のクランプキャスのシリコン部分および静脈側のクランプキャスのシリコン部分をそれぞれ鉗子でクランプする (14)動脈側のクランプキャスと血液回路を切り離し、さらに静脈側のクランプキャスと血液回路を切り離す (15)動脈側のクランプキャスおよび静脈側のクランプキャスに、それぞれルアーロックキャップを被せる (16)血液回路の動脈側の端と静脈側の端を三方活栓あるいはメス-メスのコネクティング・チューブで蓋をしておく (17)動脈側のクランプキャスおよび静脈側のクランプキャスを絆創膏で皮膚に固定し、シャント肢全体をシーツで包む (18)トイレに行く前に体重を測定し、その値を透析カードに記入する
透析の再開 (19)トイレから帰ってきたら、体重を測定し、その値を透析カードに記入する (20)患者がベッドに臥床した後、静脈側のクランプキャスからルアーロックキャップを外し、さらに静脈側の血液回路の端からこれに被さっていた三方活栓あるいはコネクティング・チューブを外し、静脈側の血液回路と静脈側のクランプキャスを接続する (21)動脈側のクランプキャスからルアーロックキャップを外し、さらに動脈側の血液回路からこれに被さっていた三方活栓あるいはコネクティング・チューブを外し、次に動脈側の血液回路と動脈側のクランプキャスを接続する (22)血液回路およびクランプキャスをクランプしていた鉗子をすべて開放する (23)血液ポンプを50 mL/minで回転させ、コンソールおよび穿刺部に異常が生じていないことを確認する (24)血液ポンプの流量を指示量まで上げ、時間除水量を再設定する。時間除水量は以下の式により算出する 残りの除水量 = 予定除水量 − 透析を中断した時点までに除水した量 − 離脱していた間の体重減少量 + 血液回路を充填した生理的食塩水の量(=0.2 L) (中断していた時間分だけ透析を延長する場合) 時間除水量 = 残りの除水量 / (元の終了予定時刻 − 再開時刻 + 透析を中断していた時間) (終了予定時刻を変更しない場合) 時間除水量 = 残りの除水量 / (元の終了予定時刻 − 再開時刻) (25)コンソールおよび穿刺部に異常が生じていないことを再度確認する
b. 体外循環していた血液を血液回路に残したまま、血液回路を切り離す透析中断法 透析の中断と血液回路からの離脱 (1)透析中断操作に必要な必要物品を準備する (2)オス-オスのコネクティング・チューブの中央を鉗子でクランプしておく (3)血圧を測定し、血圧値を透析カードに記入する (4)除水を停止する (5)血液ポンプを停止する (6)動脈側のクランプキャスのシリコン部分と静脈側のクランプキャスのシリコン部分を、それぞれ鉗子でクランプする (7)動脈側のクランプキャスとの接続部付近で、鉗子により血液回路をクランプする (8)静脈側のクランプキャスとの接続部付近で、鉗子により血液回路をクランプする (9)動脈側のクランプキャスと血液回路を切り離し、さらに静脈側のクランプキャスと血液回路を切り離す (10)血液回路の動脈側の端と静脈側の端をメス-メスのコネクティング・チューブで接続し、血液回路をクランプしていた鉗子をすべて開放する (11)血液ポンプを低速で回転させ、徐々に回転数を増やしていく。その間、コンソールに問題が生じていないか、確認する (12)血液ポンプを50〜100mL/minの速度で回転させ、血液回路内(ダイアライザ内を含む)の血液を循環させておく (13)中央をクランプしたオス-オスのコネクティング・チューブの一方の端を動脈側のクランプキャスに接続する (14)動脈側のクランプキャスを閉じていた鉗子を開放し、次にコネクティング・チューブをクランプしていた鉗子をゆっくりと開放する。動脈側のクランプキャスから流れ出た血液がコネクティング・チューブの開放端に達したところで、再びコネクティング・チューブをクランプする (15)オス-オスのコネクティング・チューブの開放端を静脈側のクランプキャスに接続する (16)静脈側のクランプキャスを閉じていた鉗子を開放し、次にコネクティング・チューブをクランプしていた鉗子をゆっくりと開放する。これにより、シャント血管、動脈側のクランプキャス、コネクティング・チューブ、静脈側のクランプキャス、シャント血管の順に血液がゆるやかにバイパスして凝固が防がれる (17)コネクティング・チューブを絆創膏で皮膚に固定し、シャント肢全体をシーツで包む (18)トイレに行く前に体重を測定し、その値を透析カードに記入する。 透析の再開 (19)トイレから帰ってきたら、体重を測定し、透析カードに記載する (20)患者がベッドに臥床した後、動・静脈側のクランプキャス同士を接続していたオス-オスのコネクティング・チューブの中央を鉗子でクランプする (21)血液ポンプを停止する (22)血液回路の静脈側の端から三方活栓あるいはメス-メスのコネクティング・チューブを取り外す (23)静脈側のクランプキャスとコネクティング・チューブとを切り離し、クランプキャスのルアーロック内のエアーを抜き、静脈側のクランプキャスと血液回路の静脈側の端とを接続する (24)動脈側のクランプキャスとコネクティング・チューブとを切り離し、動脈側のクランプキャスと血液回路の動脈側の端とを接続する (25)血液ポンプを50 mL/minで回転させ、コンソールおよび穿刺部に異常が生じていないことを確認する (26)血液ポンプの流量を指示量まで上げ、時間除水量を再設定する。時間除水量は以下の式により算出する 残りの除水量 = 予定除水量 − 透析を中断した時点までに除水した量 − 離脱していた間の体重減少量 (中断していた時間分だけ透析を延長する場合) 時間除水量 = 残りの除水量 / (元の終了予定時刻 − 再開時刻 + 透析を中断していた時間) (終了予定時刻を変更しない場合) 時間除水量 = 残りの除水量 / (元の終了予定時刻 − 再開時刻) (27)コンソールおよび穿刺部に異常が生じていないことを再度確認する
3. 透析中断法の選択 透析を中断する2つの方法には、それぞれメリットとデメリットがある。 例えば、「体外循環している血液を患者の体に戻してから、血液回路を切り離す透析中断法」には、トイレで血圧低下が生じるリスクを最小限に抑えることができるというメリットがある。しかし、他方、血液回路を充填するのに用いる生理的食塩水の量(=0.2 L)の分だけ、透析再開後に除水量を増やさなければならないというデメリットがある。 一方、「体外循環していた血液を血液回路に残したまま、血液回路を切り離す透析中断法」では、透析再開後の除水量に血液回路を充填するのに用いた生理的食塩水の量(=0.2 L)を上乗せする必要がないというメリットがある反面、トイレで血圧低下が生じるリスクが増大するというデメリットがある。 高度の自律神経失調症を合併することが多い疾患(糖尿病など)を有する患者、あるいは透析中断時にすでに血圧が低下している患者に対しては、「体外循環している血液を体に戻してから、血液回路を切り離す透析中断法」を採用し、著しい自律神経失調のない患者、あるいは透析中断時に血圧が安定している患者では「体外循環していた血液を血液回路に残したまま、血液回路を切り離す透析中断法」を採用すべきであるという考え方もある。 一方、同一施設内で2種類の透析中断法を使い分けるのは、ミスや混乱の原因となるので、すべての患者に「体外循環している血液を体に戻してから、血液回路を切り離す透析中断法」を採用すべきであるという考え方もある。 いずれの透析中断法を採用するのかは、各施設がそれぞれの実情に合わせて決定するのがよいと思われる。 |