30.1 血液透析への導入基準
1. 透析への導入時期の決定
透析への導入時期は、患者とその家族、担当医、行政サイドの3者が納得できるものでなければならない。
a. 患者と家族が透析を始めてよかったと思うことが必要である。透析に導入した結果、腎不全に関連した臨床徴候が消失し、日常生活動作(ADL)が改善した場合には患者と家族は透析を始めてよかったと感じるだろう。無症状での透析導入では患者と家族の納得が得られない可能性もある。しかし、患者と家族の価値観、腎不全の病態に対する理解度、生活環境によって、この要素の比重は増減する。患者とその家族が苦痛に感じる臨床徴候には次のようなものがある。
*持続する悪心、嘔吐
*出血傾向
*体内水分貯留による著しい浮腫と呼吸困難
*不穏、睡眠障害
*日常生活動作の制限(ADLの低下)
b. 担当医は、長期的な視点から患者の治療を考えなければならない。すなわち、担当医は、透析後に後遺症が残らないように、また長期予後がより良いものとなるように透析導入時期を決定する。そのためには、以下の病態を透析導入の目安にすることが多い。
*栄養状態の悪化(やせ、低アルブミン血症などの栄養指標の低下)
*重篤な神経障害(記憶力の低下、混迷、間代性痙攣、意識障害)
*利尿剤に反応しない体内水分貯留による高血圧
*糸球体濾過値の著しい低下
また、担当医は、残存腎機能が長期にわたって維持できるよう考慮する必要がある。早すぎる透析導入は残存腎機能の喪失を早める可能性がある。
担当医は、同時に差し迫った生命の危機を回避しなければならない。したがって、次のような病態に対しては緊急透析導入を考える。
*著しい高カリウム血症
*尿毒症性心膜炎
*肺水腫
c. 近年の厳しい経済状況下では、行政サイドは医療経済的にみて適切なタイミングでの透析導入を要求しているだろう。すなわち、早過ぎない透析導入を要求しているように思える。
2. 透析導入に関する厚生科学研究班の基準
表1に示す透析導入に関する厚生科学研究班の基準[1]は、尿毒症の臨床徴候、腎機能障害のレベル、患者の日常生活の障害度の3つのカテゴリーをそれぞれ均等に、かつ客観的に評価して透析導入時期を決定しようとするものである。したがって、この基準は、患者とその家族、担当医、行政サイドの3者を最大限に納得させ得るものであると考えられる。
厚生科学研究班の基準では、腎不全に基づく7項目の臨床症状の中で3項目以上を満たしている場合に30点、2項目以上を満たしている場合に20点、1項目のみの場合には10点を与えるとしている。また、腎機能に関しては血清クレアチニン濃度またはクレアチニンクリアランス値に基づいて患者に10点、20点あるいは30点を与えている。さらにこの基準では、日常生活障害度を高度(30点)、中等度(20点)、軽度(10点)に区分している。そして、臨床症状、腎機能、日常生活障害度の3項目の点数を合計し、これが60点以上である場合に「客観的にみて透析導入が妥当である」と判断できるとしている。さらに付帯事項として、筋肉量が少なく腎機能から推測されるよりも実測の血清クレアチニン濃度が低値を示してしまう10歳未満の年少者、65歳以上の高齢者および早期導入の必要性が高い糖尿病患者、全身性血管合併症を有することが多い膠原病患者には、10点が加算されることになっている。
厚生科学研究班の基準に基づいて透析に導入された患者の追跡調査によると[2]、導入時の総合点が90から100点の患者は導入後に高い死亡率と有病率を示し、これが80点以下の患者はより高い社会復帰率を示した。これらの事実は、遅すぎる透析導入はその後の生命予後を悪化させるだけでなく社会復帰をも妨げることを示唆している。
表1 厚生科学研究班の基準 |
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保存的治療(内科的治療)では、改善できない慢性腎機能障害、臨床症状、日常生活能の障害を有する患者において、原則として以下の?〜?項目の合計点数が、60点になったときに長期透析療法への導入が適応であるとする。 なお、年少者(10歳以下)、高齢者(65歳以上)、高度な全身性血管障害を合併する患者、あるいは全身状態が著しく障害された患者では、?〜?項目の合計点数に、さらに10点を加算し、これが60点になったときに長期透析療法への導入が適応であるとする。
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文献
1. 川口良人、他:透析導入ガイドラインの作成に関する研究. 平成3年度厚生科学研究:腎不全医療研究事業報告書(班長:三村信英), p125-132, 国立佐倉病院, 佐倉, 1992.
2. 川口良人、他:慢性透析の導入基準と追跡調査による妥当性の検討. 平成6年度厚生科学研究:腎不全医療研究事業報告書(班長:三村信英), p84-87, 国立佐倉病院, 佐倉, 1995.