11.9 溢水の循環生理
1. 溢水の際の体内水分分布
体内に水が過剰に貯留している状態を溢水状態と呼ぶ。身体が溢水状態にある場合には、過剰な水は血管外にも血管内にも分布している。
2. 溢水の臨床症状
血管外で細胞外、すなわち間質への水の過剰な貯留は臨床的には浮腫として認識される。同じ間質であっても、重力の関係で水は上肢や体幹の間質よりも下肢の間質により多く貯留する。したがって、浮腫は下肢に著しい。
また、過剰な水は肺の間質にも貯留する。肺の間質に過剰に水が貯留し、かつこれが肺胞にも滲み出した状態を肺水腫と言う。肺水腫では呼吸困難が生じる。多量の飲水のために肺水腫に陥り、強い呼吸困難を呈している患者の臨床像がこれにあたる。
なお、肺の間質に過剰に水が貯留してはいるが、まだこれが肺胞に滲み出してはいない状態を肺うっ血と言う。肺うっ血では、ときに気管支壁の間質に貯留した過剰な水のために気管支が痙攣し、喘息発作を呈する。
3. 溢水の際の循環生理
間質に貯留した過剰な水が浮腫を来たすのに対して、動脈系(肺動脈系を含む)あるいは静脈系(肺静脈系を含む)のいずれかにかかわらず、血管内に分布した過剰な水は血管内圧を上昇させる。
さて、心臓は筋肉のポンプである。筋肉は自ら収縮することはできるが、自ら伸展することはできない。したがって、筋肉のポンプである心臓も自ら収縮して血液を動脈に拍出することはできるが、自ら拡張して血液を静脈から吸い込むことはできない。心臓が拡張するのは、大静脈から右心房を経て流入する血液の圧によって右心室が押し広げられ、また肺静脈から左心房を経て流入する血液の圧によって左心室が押し広げられるからである。
これをさらに詳しく説明する。心臓が収縮して血液を動脈に拍出し終えると、三尖弁および僧房弁が開いて、大静脈、右心房および右心室は実質的に均一圧の連続空間となり、また肺静脈、左心房および左心室もやはり圧が等しい連続空間となる。そこで、右心室は大静脈の圧(中心静脈圧)によって押し広げられ、左心室は肺静脈の圧によって押し広げられる。この心室が押し広げられつつある間を拡張期と呼ぶ。
さて、溢水状態では大静脈の圧も肺静脈の圧も正常より上昇しているので、拡張期に右心室も左心室も正常よりも大きく拡張する。このように、拡張期に正常より大きく拡張した右心室あるいは左心室の容積の分だけ、心臓は拡張期に続く収縮期に動脈に対してより多くの血液を拍出する。すなわち、溢水の際には心拍出量が増大する。そのため、溢水の際には血圧が上昇することとなる。
繰り返しになるが、身体が溢水状態にある場合には、大静脈の圧および肺静脈の圧のいずれも正常よりも上昇している。そこで、拡張末期に右心室および左心室はいずれも正常よりも大きく押し広げられる。したがって、身体が溢水状態にある場合には心胸郭比(CTR)は正常よりも増大する。