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19.5 逆流性食道炎

1. 病態

食道と胃の境界付近には、下部食道括約筋(lower esophangeal sphineten: LES)が存在する。下部食道括約筋は、咀嚼した食物を嚥下する時には弛緩して、食物を胃に通過させる。そして、それ以外は一定の強さで収縮して胃の内容が食道に逆流するのを防いでいる。つまり、下部食道括約筋は胃・食道逆流防止機構を形成している。

後述する理由によりこの胃・食道逆流防止機構が障害されると、食物残渣や胃酸などの胃内容が食道に逆流そして、逆流した胃内容の食道滞留時間が長い場合には、食道粘膜に炎症が起こる。この病態を逆流性食道炎と呼ぶ。

 

 

2. 胃内容の逆流の原因

食道への胃内容の逆流は、(1)一過性に下部食道括約筋が緩む場合、(2)下部食道括約筋の収縮力が低下している場合、(3) 腹腔内圧が上昇する場合に生じる。

(1) 下部食道括約筋の一過性弛緩
逆流性食道炎の大半は、下部食道括約筋の一過性弛緩にともなって、胃内容が食道に逆流することによって生じる。
下部食道括約筋の一過性弛緩は、嚥下した食物による胃の拡張に刺激されて、あるいは摂取した食物中の脂肪成分に反応して、十二指腸や空腸のL細胞(消化管内分泌細胞)からコレシストキニン(cholecystokinin)が分泌されることにより生じる。すなわち、このようにして分泌されたコレシストキニンは、胆嚢を収縮させ,膵液の分泌を促すとともに下部食道括約筋に作用してこれを一過性に弛緩させる。

(2) 下部食道括約筋の収縮力の低下
下部食道括約筋の収縮力は、加齢にともなって、また食道裂孔ヘルニアの際に低下する。食道裂孔ヘルニアでは、下部食道括約筋の収縮力が低下するとともに、ヘルニア嚢内の酸性胃内容物が容易に食道内に逆流する。

(3) 腹腔内圧の上昇
背中が丸くなり絶えず前屈みになっていると(円背)、腹腔内圧が上昇し、胃内容の逆流を起こしやすい。

(4) 食道裂孔ヘルニア
正常では、横隔膜を境に上方に食道、下方に胃がある。そして食道が横隔膜を通過する孔を食道裂孔と呼ぶ。さて、加齢などにより食道裂孔が緩むと、胃の一部が横隔膜より上の胸腔にはみ出し、つり上がったような状態になることがある。この状態を食道裂孔ヘルニアという。食道裂孔ヘルニアには次の3つのタイプがある。

a. 滑脱型
胃の上部がそのまま横隔膜の上方に滑り出しているタイプである。胃の噴門部が胸腔内に出てしまうため、胃液の逆流を防ぐ機構が機能しなくなる。食道裂孔ヘルニアの大部分はこのタイプである。

b. 傍食道型
胃の一部が食道と横隔膜の隙間を通って横隔膜の上方、つまり胸腔内に出るタイプである。傍食道型では、胸腔内に出た胃の部分が食道裂孔で締め付けられ、そのために胃粘膜の血流が阻害され、その結果出血が起こることがある。したがって、このタイプの食道裂孔ヘルニアは手術の適応となり得る。このタイプは食道裂孔ヘルニアの約10%を占める。

c. 混合型
両者が混合したタイプである。

 

 

3. 臨床症状

逆流性食道炎における食道粘膜障害の主な要因は胃酸との接触である。すなわち、酸性の胃液が食道粘膜に消化性炎症を起こさせ、また知覚神経を刺激する。その結果、逆流性食道炎では、胸やけ、おくび(げっぷ)、嘔吐、嚥下痛などの症状が生じる。

これらの症状は、食後に多い。食物摂取による胃の伸展や高脂肪食にともなうコレシストキニンの分泌が、これらの症状が食後に多い理由であると考えられる。

 

 

4. 検査・診断

内視鏡により、下部食道の粘膜障害(びらん、潰瘍)や微小変化(白色混濁、発赤などの色調変化)を確認するのが、最も確実である。

しかし、自覚症状と内視鏡所見とは必ずしも一致しない。内視鏡検査で食道にびらんや潰瘍が確認できないのに、週に2日以上、胸やけなどの症状があり、日常生活に支障がある場合には、非びらん性胃食道逆流症と診断する。非びらん性胃食道逆流症で胃酸の逆流が認められるのは60〜70%であり、残りは胃酸の逆流がないにもかかわらず食物の刺激などにより胸やけを生じている。

X線透視により、食道裂孔ヘルニアの有無、食道の拡張あるいは狭窄の有無および潰瘍の存在を確認する。また、鎮痙薬を使用せずに食道蠕動運動異常の有無を調べ、さらに仰臥位で胃から食道への逆流の有無を調べる。なお、X線透視は補助的な診断法である。

薬剤の投与や生活習慣の改善でも症状が改善せず、胸やけなどの症状が強い場合には、強皮症やCREST症候群の可能性も考える。

 

 

5. 治療

(1) 日常生活における工夫
a. 天ぷらや揚げ物、クリームなどの脂肪の多い食物を避ける

b. オレンジやグレープフルーツなどの柑橘類を減らす

c. 減塩食とする(食塩の取りすぎは逆流を起こし易い)

d. 酒・たばこ、刺激物(コーヒー、香辛料、カフェイン)、濃い緑茶、炭酸飲料(コーラ等)を控える

e. 肥満を解消する

f. 食べ過ぎないようにし、かつゆっくり食べる

g. 食後30分以上、可能なら2時間は座位あるいは立位を保つ

h. 重いものを持たない、前屈みを避ける、ベルトを強く締めない、排便時に力まない(腹圧を上げないようにする)

i. 寝るときには頭部が10〜20 cm高くなるようにクッションやマットを折り曲げて布団の下に敷く

j. 横向きに寝る場合は、左を下にする

(2) 薬物療法
胃酸の分泌を強力に抑えるために、プロトンポンプ阻害薬(PPI) (薬)やH2ブロッカー(薬)を処方する。具体的には、初期治療ではプロトンポンプ阻害薬を処方し、維持療法としてはH2ブロッカーを投与する。初期治療により、症状そのものは通常1〜2週間で軽快する。しかし、一時的には治ったようにみえても再発し易いので、長期に渡ってH2ブロッカーを服用させる(維持療法)。

定期的な内視鏡検査により薬物療法の効果を評価することが必要である。

プロトンポンプ阻害薬やH2ブロッカーには、発疹、視力障害、皮膚炎、筋力低下、女性様乳房、肝機能障害、呼吸困難、血液異常、発癌性などの副作用が報告されている。注意深く経過を観察する。

カルシウム拮抗薬テオフィリンβ刺激薬には、下部食道括約筋を弛緩させる作用がある。もし可能であれば他の薬剤に変更する。

(3) 外科療法
薬物療法が無効である症例に対しては外科療法を検討する。外科療法には逆流防止手術として噴門形成術がある。腹腔鏡下の手術は比較的侵襲が少ない。

 


≪プロトンポンプ阻害薬≫

ランソプラゾール
  タケプロン(武田)

オメプラゾール
  オメプラール(アストラ)

ラベプラゾール
  パリエット(エーザイ)

 

 

≪ヒスタミンH2ブロッカー≫

ファモチジン
  ガスター(アステラス)

塩酸ラニチジン
 ザンタック(グラクソ=三共)

ラフチジン
  プロテカジン(大鵬)
  ストガー(UCB)

ニザチジン
  アシノン(ゼリア)

 

6. 合併症

逆流性食道炎に食道癌が合併することがある。逆流性食道炎と診断されたら、症状の強弱に関係なく、慢性化させないようにしっかりと治療する。

なお、日本人の食道癌の90%は扁平上皮癌であるが、胃酸の逆流の結果起こる癌は治療成績が悪い腺癌である。

 


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