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9.10  透析中の高張食塩水の投与と体重増加率

透析中に血圧が低下すると、しばしば、高張(高濃度)の食塩水(10%NaCl溶液、20%NaCl溶液)が投与される。このように、透析中に高張の食塩水として投与された塩分(NaCl)は透析中にはほとんど除去されず、体内に留まる。そして、体内に貯留した塩分は非透析日の口渇を増強して飲水量を増やし、次の透析までの間の体重増加率を増大させる。

この事象のメカニズムは、(1) 細胞内外の水分の移行のメカニズム、(2) 透析によるナトリウム(Na)の除去のメカニズム、(3)口渇のメカニズムを合わせて考えると理解しやすい。


1. 細胞内外の水分の移行のメカニズム

a. 細胞内外のナトリウムと水分の移動(1)
20〜40 mlの高張の食塩水(10%NaCl溶液、20%NaCl溶液)を投与しても、血清ナトリウム濃度はほとんど上昇しない。これは、ナトリウムは実質的に細胞膜を通過せず、一方、水分は細胞内から細胞外に移動して、投与された高張の食塩水を希釈するからである。

b. 細胞内外のナトリウムと水の移動(2)
前述したように、ナトリウムは実質的には細胞外から細胞内に流入することはないとしたが、実際にはナトリウムは細胞外から細胞内に濃度勾配にしたがって流入している。ただ、濃度勾配にしたがって細胞外から細胞内に流入していくナトリウム量と同量のナトリウムがいわゆるNaポンプにより細胞内から細胞外に汲み出されている。そこでナトリウムの動態を考えるときに、細胞外に存在するナトリウムは細胞膜を通過して細胞内に移行することはないとして説明を進めることができるのである。このようにナトリウムが細胞内外を実質的に移動できないのに対して、水分は細胞内外を自由に移動する。

c. 細胞内外の浸透圧
ナトリウム濃度は、細胞内液では低く、細胞外液では高いことが知られている(細胞外液では134〜140 mEq/L程度、細胞内液では10〜12 mEq/L程度)。そして、細胞外液中の高いナトリウム濃度が形成する高い浸透圧とつり合うように、細胞内液中には主にカリウムなどの浸透圧形成物質が高濃度で存在し、低いナトリウム濃度を補っている。すなわち、細胞内液の浸透圧と細胞外液の浸透圧とは常に等しい。

d. 高張(高濃度)食塩水の投与に伴う細胞内外の水分の移動
透析中に高張の食塩水を投与すると、実質的にナトリウムは細胞内に流入しないので、細胞外液中のナトリウム濃度は上昇し、浸透圧は上昇するはずである。しかし、実際には細胞外液中のナトリウム濃度がわずかに上昇したところで、細胞内液の浸透圧と細胞外液の浸透圧とが等しくなるように細胞内の水分の一部が細胞外に移行する。これにより、細胞外液のナトリウム濃度と浸透圧の上昇は抑えられ、同時に細胞外液量は増大して血圧は上昇する。しかし、細胞外液量が増大した分だけ、細胞内液量は減少するので、細胞外液量と細胞内液量の合計の量、すなわち体内水分量は変わらない。



2. 透析による塩分(NaCl)の除去のメカニズム

a. 濃度勾配によるナトリウムの除去(拡散によるナトリウムの除去)
血清(細胞外液)ナトリウム濃度は134〜140 mEq/L程度であり、透析液ナトリウム濃度は134〜138 mEq/L程度と、両者はほぼ等しい。したがって、透析中に有意の量のナトリウムが濃度勾配より透析液中に除去されることはない。

b. 除水にともなうナトリウムの除去
透析中に除水を行うと、当然のことながら、その分だけ体液量は減少する。すなわち、除水とは、体液の一部を切り取って除去することと言い換えることができる。

さて、除水により体液の一部を切り取って除去すると、切り取られた体液に含まれるナトリウムも同時に除去される。ところが、除去された体液のナトリウム濃度は体内に残る体液のナトリウム濃度に等しい。したがって、ナトリウムの除去量は体液の減少量に比例する。すなわち、ナトリウムの除去量は除水量に比例する。

c. 透析によるナトリウム除去のメカニズムのまとめ
透析中、ナトリウムは血清と透析液の濃度勾配によっては除去されず、除水によってのみ除去される。



3. 口渇のメカニズム

視床下部にはさまざまな行動(摂食,飲水,体温,睡眠,性行動など)を司る中枢がある。

血清浸透圧が上昇すると、細胞内から細胞外へ水分が移動して細胞が縮小することはすでに述べたが、同様な縮小は視床下部の飲水中枢を形成する細胞にも生じる。飲水中枢を形成する細胞が高浸透圧のため縮小すると、口渇感が生じ飲水行動が起こる。



4. 透析中に投与された塩分(NaCl)の動態

a. 高張の食塩水を投与した場合(図1)
透析中に高張の食塩水(10%NaCl溶液など)を投与すると、細胞外液のナトリウム濃度がわずかに上昇したところで(これにともなって浸透圧がわずかに上昇したところで)、細胞内外の浸透圧が等しくなるように細胞内の水分が細胞外に移行する。これにより、細胞外液のナトリウム濃度の上昇が抑えられる。したがって、高張の食塩水を投与しても血清ナトリウム濃度はごくわずかしか上昇しない。

さて、血清(細胞外液)ナトリウム濃度は134〜140 mEq/L程度であり、透析液中ナトリウム濃度は134〜138 mEq/L程度と、両者はほぼ等しい。そして、高張の食塩水を投与しても、前述のように血清ナトリウム濃度はごくわずかしか上昇しない。したがって、高張の食塩水としてナトリウムを投与しても、ナトリウムが濃度勾配より透析液中に除去されることはない。

また、すでに述べたように、ナトリウムの除去量は除水量に比例する。しかし、通常、高張の食塩水を投与しても、医療スタッフはそれにともなって除水量を増やしはしない。したがって、高張の食塩水として投与されたナトリウムは、除水によっても除去されない。すなわち、透析中に高張の食塩水として投与されたナトリウムは透析中にはほとんど除去されず、体内に留まる。

さて、透析が終了し、食事などで塩分を取ると、すでに体内に蓄積していた高張の食塩水に由来するナトリウムの量と食事により摂取したナトリウムの量との合計の量が体内に蓄積することになる。したがって、直前の透析中に高張の食塩水を投与すると、引き続く非透析日には視床下部の飲水中枢を形成する細胞はより高い浸透圧環境下に置かれて縮小する。これを患者は口渇感の増大と認知し、飲水行動が起こる。結果として、次の透析までの間の体重増加率がより大きなものとなる。


b. 生理的食塩水(等張の食塩水)を投与した場合
血清ナトリウム濃度が134〜140 mEq/L程度であるのに対して、生理的食塩水(0.9%食塩水)のナトリウム濃度は154 mEq/Lと、両者の間に大きな差はない。これは10%食塩水のナトリウム濃度は1711mEq/Lと、血清ナトリウム濃度よりも著しく高いことと対照的である。

このように、血清ナトリウム濃度と生理的食塩水のナトリウム濃度の間には大きな差がないため、生理的食塩水を投与しても血清ナトリウム濃度はほとんど変化せず、細胞外液量は投与した生理的食塩水の量だけ増大する。

また、すでに述べたように、ナトリウムの除去量は除水量に比例するので、投与した生理的食塩水の分だけ除水量を増やせば、投与したナトリウムはほとんどすべて除去され、体内に留まることはない。

したがって、直前の透析中に生理的食塩水を投与しても、引き続く非透析日に患者はより強い口渇感を覚えることはなく、次の透析までの体重増加率も生理的食塩水を投与しなかった場合と変わらない。