透析百科 [保管庫]

9.11 高濃度ブドウ糖溶液の投与による透析低血圧の予防

(この項は熊本中央病院の有薗健二先生と大幸医工学研究所の新里高弘先生の共同執筆による。) 

1.透析低血圧の予防法としての高張液投与

透析中における血圧低下の予防に50%ブドウ糖液100 ml の持続注入が有効である(高張ブドウ糖液持続注入療法)。具体的には、血液透析の最後の1〜2時間に、ダイアライザの静脈側から50%ブドウ糖溶液100 ml を輸液ポンプを用いて均一の速度で注入する。なお、後に述べるように、125g のブドウ糖をアミノ酸および脂質とともに透析中に4時間以上をかけて投与する栄養投与法がある[血液透析中の経静脈栄養補給療法(IDPN)]。この方法では、ブドウ糖を時間あたり31g の速度で投与することになる。したがって、もしこれに準ずるなら、高張ブドウ糖液持続注入療法では50%ブドウ糖液100 ml を透析終了までの血液透析の最後の1.5〜2時間に均一速度で持続注入すべきことになる。

以前より、透析低血圧の予防あるいは治療には、透析中の高張液の投与が有効であることが知られていた。そして、透析低血圧の予防あるいは治療のために、透析中にしばしば10%NaCl 溶液などの高張食塩水が投与されてきた。しかし、透析中に投与されたNaは透析では除去されないため、高張食塩水の投与は引き続く透析間における口渇の原因となる。これに対し、透析中に投与されたブドウ糖は透析後に体内で消費されるので、口渇の原因とはならない。

さて、通常使用される高張食塩水である10%NaCl 溶液の浸透圧は50%ブドウ糖液の浸透圧にほぼ等しい。したがって、もし浸透圧に関して50%ブドウ糖液100 ml に相当する量のNa を投与しようとすると、10%NaCl 溶液を100 ml 投与しなければならない。ブドウ糖を投与するとブドウ糖はやがてインスリンの作用により細胞に取り込まれて消費されるが(ゆえに、後で口渇の原因とはならない)、Naは透析患者では尿中に排泄されることもなく単に体内に蓄積する。したがって、50%ブドウ糖液の代わりに10%NaCl 溶液を使用することはできない。

 

 

2. 高張ブドウ糖液の透析低血圧を予防する効果

14名の患者(13名は糖尿病患者)において透析終了までの最後の1時間にダイアライザの静脈側から50%ブドウ糖液100 ml を輸液ポンプにより均一速度で注入した結果が報告されている[1]。この報告によると、50%ブドウ糖液を注入した透析でも、注入しなかった透析でも、透析3時間目まで収縮期血圧は同程度に低下し続けた。しかし、50%ブドウ糖液を注入しなかった透析では、透析3時間目から透析終了までの1時間にも収縮期血圧は低下したままであった。これに対し、透析の最後の1時間に50%ブドウ糖液を注入した透析では、この1時間にかぎり収縮期血圧は上昇した。その結果、終了時の収縮時血圧は、50%ブドウ糖液を注入しなかった透析では97±18 mmHg であったのに対し、50%ブドウ糖液を注入した透析では124±32 mmHg(P<0.02)と有意に高かった(図1)。

また、透析終了までの最後の1〜2時間に50%ブドウ糖液100 ml を均一速度で注入した83名の患者データの集計によると(未発表のデータ)、92.8%の患者で50%ブドウ糖持続投与は透析中における血圧低下の予防に有効であった。



3. 血糖コントロールに対する影響

9名の糖尿病のある透析患者において、高張ブドウ糖液の注入に伴なう血糖の推移を調べた研究では、50%ブドウ糖液を注入した透析と注入しなかった透析との間に、透析3時間目までは血糖値に有意の差は認められなかった。しかし、50%ブドウ糖液を注入しなかった透析では、透析3時間目から透析終了時までの1時間にも血糖値に変動は認められなかったが、透析の最後の1時間に50%ブドウ糖液を注入した透析では、透析終了時の血糖値は上昇し、その結果、透析終了時の血糖値は、50%ブドウ糖液を注入しなかった透析では126±34 mg/dLであったのに対し、50%ブドウ糖液を注入した透析では263±57 mg/dL (P<0.01)と有意に高かった。

しかし、透析終了後1〜2時間目にあたる昼食前および透析終了後5〜6時間目にあたる夕食前には、50%ブドウ糖液を注入した場合と注入しなかった場合との間に血糖値に関する有意の差は認められなかった(図2)。

 

また、高張ブドウ糖溶液注入療法を3ヶ月間に渡って施行した7名の透析患者(全例が糖尿病性腎症を原疾患とする)における観察では、高張ブドウ糖溶液注入療法開始前と同療法開始3ヶ月後との間にHbA1c値に関して有意の差は認められなかった(図3)。

 


4. 投与されるブドウ糖の量

この方法におけるブドウ糖投与量(50g、200 kcal)は、CAPD におけるブドウ糖の一日あたりの体内移行量と同等ないしその半分にあたり[2]、またIDPN におけるブドウ糖投与量の約半分にあたる[3]。さらに、この量は、体重が50 kg の維持透析患者の一日必要熱量(30〜35 kcal/kg/日[4])の11〜13%に相当する。

 

 

5. 安全性

高張ブドウ糖液持続注入療法を多数の患者に対して長期間実施した研究は存在しない。したがって、高張ブドウ糖液持続注入療法の安全性はまだ証明されていない。

高張ブドウ糖液持続注入療法の安全性あるいは潜在的な危険性について検討するためには、現時点では高張ブドウ糖液持続注入療法と類似の方法であり、しかし栄養不良の透析患者への栄養補給を目的としているIDPN と高張ブドウ糖液持続注入療法との類似点および相違点を明らかにし、その上でIDPN の安全性と危険性について考察するのが実際的であると思われる。

a. IDPNと高張ブドウ糖液持続注入療法の比較
高張ブドウ糖液持続注入療法が透析終了までの最後の1〜2時間にブドウ糖50g(200 kcal)を持続注入するのに対し、米国の標準的なIDPN では透析の全経過中に4時間以上をかけて125g(500 kcal)のブドウ糖、42g のアミノ酸(165 kcal)および250 ml の20%脂肪乳化剤(500 kcal)を持続注入する[5]。したがって、米国の標準的なIDPN では高張ブドウ糖液持続注入療法の2.5倍のブドウ糖が投与され、また高張ブドウ糖液持続注入療法の5倍以上のカロリーが投与されることになる。一方、高張ブドウ糖液持続注入療法では、ブドウ糖の注入速度はIDPNと同程度であり、しかし注入を行う時間はIDPNの約半分である。

b. IDPNの安全性
Capelli らは、血清アルブミン濃度が3.5 g/dL 未満の81名の患者を対象としたCox ハザード解析により、非糖尿病患者ではIDPN により死亡率が44%から26%に低下したが、糖尿病患者ではIDPN を行っても死亡率に変化がなかったと報告した。なお、彼らは非糖尿病患者に対しては725 Kcal を投与し、糖尿病患者に対しては670 Kcal を投与した[6]。

一方、Chertow らは、1679名の透析患者を対象としたretrospective な研究において、血清アルブミン濃度が3.4 g/dL 以下の栄養不良状態にある患者では15 kcal/kg の熱量を投与するIDPN により死亡率が減少したが、血清アルブミン濃度が3.5 g/dL 以上の患者では逆に死亡率が上昇したと報告した。彼らは、血清アルブミン濃度が3.5 g/dL 以上の患者で死亡率が上昇した理由として以下の可能性をあげている[7]。

可能性1: そもそも、IDPN には死亡率を上昇させるようなマイナス効果がある。ただ、血清アルブミン濃度が3.4 g/dL 以下の患者では、IDPN の栄養状態是正効果の方がこのマイナス効果よりも強い。
可能性2: 血清アルブミン濃度が3.5 g/dL 以上の患者では、40%が癌、32%が多発性胃腸障害、20%が様々な慢性疾患のための拒食、そして8%が単なる拒食と、大多数の患者に食事を摂取できないような重要な基礎疾患があった。これらの基礎疾患が患者の死亡率に影響を与えた。

c. 高張ブドウ糖液持続注入療法の安全性
Chertow らの報告では、血清アルブミン濃度が3.5 g/dL 以上の患者ではIDPN により死亡率が上昇した。もしこの死亡率の上昇が患者の基礎疾患の違いによるものではなく、IDPN のもつ潜在的危険性によるものであって、かつこのIDPN の潜在的危険性がアミノ酸や脂質の投与に基づくものではなくてブドウ糖の投与に基づくものであるとしたら、高張ブドウ糖液持続注入療法にも同じ潜在的危険性があることになる。しかし、仮にそうであったとしても、高張ブドウ糖液持続注入療法におけるブドウ糖投与量はIDPN におけるブドウ糖投与量の半分以下にすぎないので、高張ブドウ糖液持続注入療法の潜在的危険性はIDPN の危険性より小さなものであろうと思われる。

d. 高張ブドウ糖液持続注入療法の施行
現時点では、高張ブドウ糖液持続注入療法は、以下の記載に照らし合わせてそのプラス効果が潜在的危険性というマイナス効果を上回ると判断したときに施行するのがよい。しかし、いずれにしても、高張ブドウ糖液持続注入療法の潜在的危険性の有無も、またその程度も明らかでない現時点では、そのような判断は「臨床的な感」に頼らざるを得ない。

(1)    透析中の血圧低下が極めて深刻であり、血圧低下の危険性の方が高張ブドウ糖液持続注入療法の潜在的危険性よりも大きいと判断した場合に高張ブドウ糖液持続注入療法を行う

(2)    透析低血圧下を予防するための昇圧剤投与の危険性の方が高張ブドウ糖液持続注入療法の潜在的危険性よりも大きいと判断した場合に高張ブドウ糖液持続注入療法を行う(実際には、昇圧剤投与の効果が不十分である症例に高張ブドウ糖液持続注入療法が行われる)

(3)    透析中に血圧低下があり、かつ患者が栄養不良状態にあると判断した場合に高張ブドウ糖液持続注入療法を行う(IDPN は栄養状態の悪い患者では予後を改善することから、高張ブドウ糖液持続注入療法も栄養状態の悪い患者では栄養補給効果を介して死亡率を低下させると期待される)

 

 

 

文献

1.      新里高弘、他:透析低血圧の予防に対する高張ブドウ糖溶液の持続注入の有効性. 臨牀透析 22: 1425-1427, 2006.

2.      山本裕康:CAPDはるいそうを阻止できるか. 臨牀透析 16 : 773-778, 2000. 

3.      Blumenkrantz MJ: 栄養. Daugirdas JT, Ing TS編:臨床透析ハンドブック第2版(和訳), 1995, 273-274, メディカル・サイエンス・インターナショナル, 東京

4.      大森浩之, 他:腎不全, 透析療法における代謝異常と栄養障害. 臨牀透析 12: 1735-1738, 1996. 

5.      Golper TA. Severe malnutrition. II. Semin Dial. 6: 362-364, 1993. 

6.      Capelli JP, et al: Effect of interadialytic parenteral nutrition on mortality rates in end-stage renal disease care. Am J Kidney Dis 23: 808-816, 1994. 

7.      Chertow GM, et al: The association of intradialytic parenteral nutrition administration with survival in hemodialysis patients. Am J Kidney Dis 24: 912-920, 1994.


Tweet
シェア
このエントリーをはてなブックマークに追加