透析百科 [保管庫]

11.10 心不全の循環生理

心不全には収縮不全による心不全と拡張不全による心不全の2種類がある。

1. 収縮不全による心不全

心筋の収縮力が低下すると心不全が生じる。このタイプの心不全では、心筋が十分に収縮できないので、心室容積は収縮末期になっても健常人ほどには小さくならない。さて、心臓が一回に拍出する血液の量、すなわち一回心拍出量は、拡張末期における心室容積と収縮末期における心室容積の差に等しい。したがって、心筋収縮力の低下による心不全では心臓の拡張末期における心室容積が増大しないかぎり、一回心拍出量は減少する。

すでに別の項で述べたように、右心室は拡張期に大静脈の圧(中心静脈圧)により押し広げられ、同様に左心室は肺静脈の圧により押し広げられる。したがって、大静脈の圧および肺静脈の圧が正常よりも高いときには拡張末期における心室容積は増大する。大静脈の圧および肺静脈の圧が上昇するのは、体内に健常人におけるよりも大量の水が貯留しているときである。したがって、心筋収縮力の低下による心不全で心拍出量を維持しようとすると、体内に健常人におけるよりも大量の水を貯留させなければならない。

ところが、心臓が拍出する血液の量、すなわち心拍出量は血圧を決定する重要な因子のひとつである。したがって、心筋収縮力の低下による心不全では、透析中の血圧を低下させないためには、ドライウエイトを上昇させなければならない。すなわち、心筋収縮力の低下による心不全で透析低血圧を防ぐためには、身体を溢水状態にしておかなくてはならない。その結果、このような患者では心胸郭比(CTR)が高く保たれている。このような患者で、心胸郭比を低下させるべくドライウエイトを引き下げると心拍出量は低下し、これにともなって透析中の血圧が著しく低下し、しばしば透析の続行が不可能となる。

このタイプの心不全の末期には、70%以上もある心胸郭比を低下させるためにドライウエイトを引き下げると透析中および非透析時の血圧が著しく低下し、一方、血圧を維持するためにドライウエイトを引き上げると心胸郭比はさらに増大して全身浮腫および肺水腫が出現するようになる。


2. 拡張不全による心不全

心筋の弾力性が低下すると、心筋を引き伸ばすのにより大きな力が必要になる。したがって、心臓は十分に拡張できなくなる。その結果、拡張末期における心室容積は正常よりも縮小する。さて、心臓が一回に拍出する血液の量つまり、一回心拍出量は、拡張末期における心室容積と収縮末期における心室容積の差に等しい。したがって、たとえ心筋収縮力が低下していなくても(収縮末期の心室容積が増大していなくても)、このような病態では一回心拍出量は減少する。すなわち、心筋の弾力性が低下した場合にも心不全が生じる。

さて、右心室は拡張期に大静脈の圧(中心静脈圧)により押し広げられ、同様に左心室は肺静脈の圧により押し広げられる。したがって、心筋の弾力性が低下している場合に拡張末期における心室容積を健常人のレベルにまで増大させるためには、大静脈の圧および肺静脈の圧を正常よりも高く維持しなければならない。ところが、すでに述べたように、大静脈の圧および肺静脈の圧が上昇するのは、体内に健常人におけるよりも大量の水が貯留しているときである。すなわち、心筋の弾力性の低下による心不全でも、心拍出量を維持しようとすると、体内に健常人におけるよりも大量の水を貯留させなければならない。すなわち、心筋の弾力性の低下による心不全でも、通常、透析中に血圧が低下しないようにドライウエイトは高く設定されている。

このように、拡張不全による心不全でも、体内には健常人におけるよりも大量の水が貯留するので全身浮腫および肺水腫が出現する。この場合、大静脈の圧および肺静脈の圧の上昇は拡張末期における心室容積を健常人のレベルにまで増大させるためのものであるから、拡張不全による心不全では心胸郭比(CTR)は増大しないことになる。


3. 収縮不全と拡張不全の両方の機序が関与している心不全

透析患者では、心筋の収縮不全は長期に続く溢水、持続する高度の貧血、動静脈シャントの存在、心筋虚血などによって生じ、一方、心筋の拡張不全は心筋肥大、心臓へのカルシウムあるいはアミロイドの沈着などによって生じる。

透析患者では収縮不全のみによる心不全あるいは拡張不全のみによる心不全はまれであり、通常、透析患者の心不全には両方の機序が関与している。そして、いずれの機序による心不全でも、透析中の血圧低下や非透析時の倦怠感を防ぐためにはドライウエイトを上げなければならない。そこで、いずれの機序による心不全でも下肢の浮腫や肺水腫が出現し得る。また、臨床症状と心胸郭比との一致程度は、収縮不全と拡張不全のいずれの機序の関与が相対的に大きいかによって異なる。収縮不全の関与が大きければ、透析中の血圧低下や非透析時の倦怠感、全身浮腫、肺水腫などの臨床症状に見合う程度に心胸郭比は大きくなる。これに対し、拡張不全の関与が大きければ、臨床症状ほどには心胸郭比は大きくならない。