10.1 降圧の処置の基準
1. 透析患者に特徴的な血圧と生命予後の関係
透析患者では、血圧が高すぎても低すぎても死亡のリスクが増大する。例えば、透析後の収縮期血圧が110mmHg未満あるいは180mmHg以上の患者では、これが 140 〜 149mmHg の患者に比べて生命予後が悪いとの報告がある[1]。すなわち、透析患者には血圧と生命予後の関係に U 字型の関係がみられる[2]。この一般人とは異なる透析患者の血圧と生命予後の関係を reverse epidemiology と呼ぶ。
2. 降圧の目標値
日本透析医学会の「血液透析患者における心血管合併症の評価と治療に関するガイドライン」では、降圧の目標値を「透析中の血圧低下、過度な起立性低血圧がない限りにおいて、週の最初の透析前において血圧が 140 〜 90 mmHg 未満であることとしている(オピニオン)。しかし、日本透析医学会のガイドラインは同時に、「この目標値は安定した慢性血液透析患者でその長期的な心血管障害の発生を予防する目的で設定したものであるから、すでに心血管障害が明らかな例では意義を異にする」と述べている。
3. 心疾患と血圧
日本透析医学会のガイドラインでは、すでに心血管障害が明らかな患者は「週の最初の透析前血圧は 140 〜 90 mmHg 未満であるのが好ましい」という降圧の目標値には囚われないとしている。すなわち、当該ガイドラインでは、すでに左室駆出率が低下している患者や高度左室肥大によって心室の拡張機能が低下している患者では、心機能を評価した上で総合的に血圧の目標値を決定すべきであるとしている。そして、その根拠には以下のようなものがあると想像する。
すなわち、そのひとつには、冠状動脈硬化が著しい患者では、拡張期血圧が過度に低下すると心筋への血液供給が低下する。心臓は生きているかぎり収縮と拡張を繰り返すが、心室壁内の圧はこの心臓の鼓動において収縮期には上昇し、拡張期には低下する。 ところが、心筋細胞へ血液が供給されるのは主に心室壁内の圧が低下する拡張期である。そこで、心筋へ血液を供給するための圧、つまり拡張期血圧が過度に低下すると、冠状動脈硬化が著しい患者では心筋への血液供給量が十分に行われなくなる。
さらに、大動脈石灰化が高度である患者では、動脈壁の伸び縮みにより心臓の鼓動による血圧の周期的変動、つまり拡張期血圧と収縮期血圧の繰り返しをならすことができない(コンプライアンスの低下)。その結果、大動脈石灰化が高度である患者では収縮期血圧は高くなり、拡張期血圧は低くなる。そこで、このような患者では無理な降圧を図ると拡張期血圧が著しく低くなり、そして拡張期血圧があるレベルを超えて低下すると心筋への血液還流が著しく低下するようになる。
また、降圧処置にともなって透析中に血圧が低下すると、そのとき、たとえ明らかな臨床症状が認められなくても、冠状動脈の動脈硬化が強い患者では拡張期血圧の低下に伴って心筋への血液供給が低下するだろう。したがって、心血管障害を有する患者では、この点からも降圧には慎重でなければならない。心血管障害の危険性が高い患者では、透析中の最低血圧が 110 〜 60 mmHg 以下であると死亡率が増大すると報告されている[3]。
文献
1. 日本透析医学会:血液透析患者における心血管合併症の評価と治療に関するガイドライン. 透析会誌 44: 337-425, 2011.
2. Zager PG, et al: “U” curve association of blood pressure and mortality in hemodialysis patients. Kidney Int 54: 561-569, 1998.
3. Shoji T, et al: Hemodialysis-associated hypotension as an independent risk factor for two-year mortality in hemodialysis patients. Kidney Int 66: 1212-1220, 2004.