16.16 睡眠時無呼吸症候群(SAS:sleep apnea syndrome)
1. 睡眠を構成する要素(ノンレム睡眠とレム睡眠) 睡眠は、大きくノンレム睡眠(non-REM 睡眠)とレム睡眠(REM 睡眠)の2つの要素から構成される。 a. ノンレム睡眠
ノンレム睡眠時にはすべての生理的な機能(体温、血圧、心拍、呼吸や消化、泌尿の機能、脳内活動)が低下し、身体は完全に休息状態となる。 ノンレム睡眠の第3、第4段階には、下垂体前葉から一日に必要な量のヒト成長ホルモン(HGH)が分泌される。ヒト成長ホルモンは筋肉や骨の成長や維持、胃腸や肌の修復を促す。ノンレム睡眠なしではヒト成長ホルモンの十分な分泌は行われず、結果筋肉の疲労も回復しない。 b.
レム睡眠 レム睡眠時には記憶や感情に関連する脳のいくつかの部位で血流が急激に増大する。このように、レム睡眠時にはノンレム睡眠時におけるよりも脳が活発に働き、また血圧や心拍が上昇し、発汗が増大する。 レム睡眠は記憶や感情を強化するので、もし一晩以上、レム睡眠が妨げられると、イライラ感や集中力の低下などが出現するようになる。 c.
睡眠サイクル
2. 睡眠時無呼吸症候群の定義 睡眠中に10秒以上の無呼吸が30回以上おこる場合、あるいは1時間あたり無呼吸数や低呼吸が5回以上おこる場合に、これを睡眠時無呼吸症候群と定義する。なお、低呼吸とは10秒以上に渡って換気量が50%以上低下することと定義する。
3. 睡眠時無呼吸症候群の分類 睡眠時無呼吸症候群には、(1) 閉塞型睡眠時無呼吸症候群、(2) 中枢型睡眠時無呼吸症候群、および (3) 混合型睡眠時無呼吸症候群がある。 a.
閉塞型睡眠時無呼吸症候群 b.
中枢型睡眠時無呼吸症候群 c.
混合型睡眠時無呼吸症候群 睡眠時無呼吸症候群のほとんどは閉塞型である。そこで、この項では、以後、閉塞型睡眠時無呼吸症候群についてのみ記載する。
4. 睡眠時無呼吸症候群の原因 睡眠時無呼吸は、睡眠中の眠りが深い時間、すなわちノンレム睡眠の第3および4 段階に上気道が閉塞することにより生じる。 ノンレム睡眠時には、咽頭や喉頭の筋肉が弛緩するため、舌根や軟口蓋、扁桃腺が下方に引かれる。これにより咽頭や喉頭が狭くなり、この部分の空気の流速は速くなる。しかし、肥満にともなう首周りへの脂肪の沈着、扁桃肥大、アデノイドなどがあると、咽頭や喉頭はさらに狭くなり、この部分の空気の流速はさらに速くなる。空気の流速が速いとその部分では気圧が低下し(ベルヌーイの定理)、一方咽喉には鼻のように支えるべき骨格がないので、気圧の低下にともなって咽喉はさらに狭くなる。咽喉がさらに狭くなると、呼吸にともなう空気の流速はさらに速くなり、咽頭の気圧はさらに低下して、咽喉はついに閉じて無呼吸となる。つまり、息が苦しいから、さらに速く息を吸うとさらに咽喉は狭くなり、ついには咽頭が閉じて睡眠時無呼吸症候群が生じる。 また、舌根や軟口蓋が重力により落ち込み、これが気流の抵抗となるような状態では、出入りする空気がこれを振動させて雑音が発生する。すなわち鼾(いびき)をかくようになる。したがって、睡眠時無呼吸症候群では、大きな鼾をかき、無呼吸になると同時に鼾が止まる。 なお、欧米人では睡眠時無呼吸症候群の原因として肥満が極めて重要である。しかし、日本人は顎が小さいため、気道がふさがれやすく、したがって、やせているのにもかかわらず睡眠時無呼吸症候群の認められることが多い。すなわち、日本では睡眠時無呼吸症候群の患者がすべて太っているとはかぎらない。
5. 睡眠時無呼吸症候群の症状 睡眠時無呼吸症候群では、ノンレム睡眠の第3、第4段階で「ガーガー」という大きな鼾をかき、呼吸が停止すると共に急に鼾が止まる。その後、息苦しさのために「ぐばあっ!」というような衝撃を伴う爆発的な呼吸をして、睡眠状態はノンレム睡眠の第1、第2段階あるいはレム睡眠へと変わる。 患者自身がこの状態を自覚することは稀であるため、家族などの同居者がいない場合には、この病気の発見が非常に遅れる。また、たとえ同居者がいても、この病気に関する知識がなければ、単に「いびきをかきやすい性質」としてしか認識されず、治療開始が遅れる。 睡眠時無呼吸症候群では、このようにノンレム睡眠の第3、第4段階に無呼吸が繰り返し出現する。したがって、睡眠時無呼吸症候群ではノンレム睡眠の第3、第4段階が減少ないし消失し、あるいは覚醒反応が増加し、また睡眠パターンが乱れてレム睡眠の出現も減少する(図2)。このように、眠りが深いノンレム睡眠の第3、第4段階を妨げられると、次の日は日中に強い眠気が襲ってきたり、あるいは集中力、活力に欠けるようになる。その結果、居眠り運転で事故を起こしやすくなる。 睡眠時無呼吸症候群の患者の50〜90%で、睡眠中に高血圧を合併する。その理由として、夜間の低酸素血症や覚醒反応(無呼吸のたびに苦しさのため脳が目覚めてしまう)による交感神経の興奮や胸腔内圧の低下(気道閉塞の状態で呼吸をしようとするために胸の中が陰圧になる)に伴う胸腔内の静脈血流の増加などが考えられている。したがって、睡眠時無呼吸症候群では心臓病や脳血管障害の発生頻度が高い。 睡眠時無呼吸症候群に肥満など高血圧の悪化因子が加わると、睡眠中の高血圧はさらに増悪するものと思われる。
6. 睡眠時無呼吸症候群の検査 a. 睡眠ポリソムノグラフィ検査 (1) 脳波、眼電図、頤筋筋電図による睡眠ステージ (2) 口・鼻の気流、胸・腹部の動きによる呼吸パターン (3) パルスオキシメーターによる経皮的動脈血酸素飽和度(SpO2)
7. 睡眠時無呼吸症候群の治療 a.
食事療法 b.
持続陽圧呼吸療法 CPAP装置には大きく二つのタイプがある。ひとつは固定CPAP装置と呼ばれ、もう一つはオートCPAP装置と呼ばれる。いずれの装置も保険診療の対象として認められており、レンタルして使うことになっている。CPAP装置を使用する患者は、症状の有無に関わらず一ヶ月に最低1回は担当医師の診察を受けなければならない。 固定CPAPは、患者があらかじめ検査入院するか計測器を自宅で取り付けて最適な圧力を測定し、それを医師が装置に設定する。これに対して、オートCPAPは設定を必要とせず、患者の状態に合わせてリアルタイムで圧力が変化するようになっている。 c. スリープスプリント(マウスピース)療法 スリープスプリントは就寝前に口腔内に装着し、睡眠中、下顎を前進させた状態に固定して気道の狭窄を防ぐ治療法である。鼾や無呼吸症候群に対して有効性が高い。スリープスプリントは数回通院して歯形をとり、調整して仕上げる。 スリープスプリントは、鼻閉があったり、咽頭肥大が著しい場合には使用できない。また、歯にある程度の負荷がかかるので、18歳未満の患者、歯が20本以下しかない患者、歯がぐらつく患者あるいは顎の関節に痛みや障害がある患者はこれを使用できない。 スリープスプリント d. 外科的治療(口蓋垂軟口蓋咽頭形成術)
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