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16.15  甲状腺機能低下症

1. 分類

a. 原発性甲状腺機能低下症と中枢性甲状腺機能低下症
甲状腺機能低下症には、甲状腺疾患に基づく原発性甲状腺機能低下症と下垂体・視床下部疾患による中枢性甲状腺機能低下症とがある。さらに、消耗性疾患や腎不全にみられる低甲状腺ホルモン血症も広い意味での甲状腺機能低下症に含まれると考えて、この項にはこの病態も記載する。

b. 消耗性疾患や慢性腎不全にみられる低甲状腺ホルモン血症
栄養状態が悪化すると、血中の甲状腺ホルモンレベルが低下するという生体反応(non-thyroidal illnessあるいはeuthyroid sick syndrome)が生じる。この生体反応は、栄養状態の悪化にともなう異化作用の亢進から生体を防御する合目的な反応である。すなわち、カロリー摂取量が減少しても、これに応じて基礎代謝レベルを低下させれば異化状態に陥るのを回避できる。消耗性疾患や腎不全では、このような合目的な機序で血中の甲状腺ホルモンレベルが低下している。このような機序による低甲状腺ホルモン血症は透析患者の半数以上に認められる。この病態については、後にさらに詳しく記載する。

なお、透析患者の5.4%には原発性甲状腺機能低下症がみられる。この比率はコントロール患者における頻度である0.7%に比べて十分に高い比率である。

 

2. 甲状腺ホルモン

a. 種類
甲状腺ホルモンには、4個のヨードからなるサイロキシン(T4)と3個のヨードからなるトリヨードサイロニン(T3)がある。甲状腺で合成される甲状腺ホルモンのほとんどはT4である。T4は肝臓や腎臓で4個のヨードのうち1個が外されることによりT3に変換される。血中の甲状腺ホルモンのほとんどはT4であり、T3は血液中の甲状腺ホルモンの2パーセントに過ぎない。

b. 結合蛋白
甲状腺ホルモンは、血液中では大部分が血清蛋白と結合した状態で存在する。甲状腺ホルモンが結合する血清蛋白にはTBG(thyroxine binding globulin)、TBPA(thyroxine binding prealbumin)、アルブミンの3種類がある。ほとんどの甲状腺ホルモンはTBGと結合している。

血清蛋白に結合していない遊離型サイロキシン(フリーT4あるいはFT4)は総T4の約0.03%であり、血清蛋白に結合していない遊離型トリヨードサイロニン(フリーT3あるいはFT3)は総T3の約0.3%である。

c. 生理活性
実際に生物学的活性を持つ甲状腺ホルモンは、血清蛋白と結合していない極少量の遊離型ホルモン(FT4およびFT3)である。FT4とFT3を比較すると、FT3の方がFT4よりも遥かに生物学的活性が高く(FT3の生物学的活性はFT4の3〜5倍)、したがって実際にホルモンとして働いているのはFT3である。

 

3. 甲状腺ホルモンの血中濃度の調整

視床下部から分泌される甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン(TRH)によって下垂体が刺激され、甲状腺刺激ホルモン(TSH)が分泌される。下垂体から分泌されたTSHは甲状腺を刺激して甲状腺ホルモンの産生と分泌を促す。
一方、TRHやTSHの分泌はFT4とFT3のネガティブフィードバックにより抑制される。すなわち、これらの遊離型甲状腺ホルモンは視床下部に働きかけてTRHの分泌を抑制し、また下垂体に働きかけてTSHの分泌を抑制する(図1)。
このようにして、血液中の甲状腺ホルモンの活性度は一定に保たれている。

したがって、この二つの遊離型甲状腺ホルモン(FT4とFT3)とTSHを測定すれば、甲状腺機能が正常か、亢進しているのか、あるいは低下しているのかがわかり、また使用している薬の効果を評価することができる。すなわち、甲状腺機能が低下したために血液中のFT4とFT3が低下すれば、T4の分泌を増大させるためにTSHの分泌が増える。逆に甲状腺機能が亢進したために血液中のFT4とFT3が増えると、T4の分泌を減少させるためにTSHの分泌が減る。

血中の甲状腺ホルモン全体の活性度はFT4とFT3の比率によっても変化する。甲状腺ホルモンはT4の形で分泌され、主に肝臓や腎臓においてT3に変換される。すなわち、T4は肝臓や腎臓で5’脱ヨード酵素によって4個のヨードのうち1個が外されてT3になる。

このT4からT3への変換率はカロリー摂取量に影響される。すなわち、カロリーを多く摂取すると、T4からT3に変換される率が高まり、生理活性の高いFT3の比率が高くなる。これに対し、カロリー摂取量が不足すると、T4からT3に変換される率が低下するため、生理活性の高いFT3の比率は減少し、以って身体は基礎代謝を落として少ないカロリーで生体を維持しようとする。いわゆるnon-thyroidal illnessあるいはeuthyroid sick syndromeが生じる。

通常では、T4の42%がT3に変換され、T4の38%は3,3',5'トリヨードサイロニン(reverse T3)になる(図2)。reverse T3にはホルモン活性がなく、また速やかに分解されて血中から消失する。T4の残りの20%は他の経路で代謝される。

 

4. 甲状腺機能低下症の原因

a. 原発性甲状腺機能低下症
わが国において最も多く見られる甲状腺機能低下症は慢性甲状腺炎(橋本病)によるものである。慢性甲状腺炎では抗サイログロブリン抗体(TgAb)や抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体(TPOAb)などの甲状腺自己抗体が出現する。そこで、慢性甲状腺炎は臓器特異的自己免疫疾患と位置づけられている。慢性甲状腺炎は男女比1:5と圧倒的に女性に多い。

 

b. 中枢性甲状腺機能低下症
下垂体の疾患はTSHの分泌を障害することにより甲状腺機能低下症を引き起こす。甲状腺機能低下症の原因となり得る下垂体疾患の中で最も多いのは下垂体腫瘍であり、これによる甲状腺機能低下症は中枢性甲状腺機能低下症の約50%を占める。さらに、下垂体の虚血性壊死(シーハン症候群など)、リンパ球性下垂体炎、結核、トキソプラズマ症などの様々な原因により下垂体のTSH分泌能が障害される。下垂体の働きを支配している視床下部の病変によって中枢性甲状腺機能低下症が起こることもある。

 

5. 診断

a. 症状
甲状腺機能低下症の主な症状は、甲状腺ホルモンの欠乏症状である。甲状腺ホルモンの欠乏が高度になるとMyxoedemaとなり、さらに進めば昏睡状態(Myxoedema coma)に陥る。しかし、実際にはこのような重篤な病態は極めて稀である。

通常、甲状腺ホルモンの欠乏症状には特異性がなく、倦怠感、脱力感、寒がり、顔の腫れなどが主訴になる。そして、本人も「歳のせいだろう」と思い来院しないことが多い。便秘はよく見られる消化器症状である。特異性がないので、臨床症状から甲状腺機能低下症の診断を下すのは困難である。

b. 検査所見
甲状腺機能低下症を疑った場合、TSHおよびFT4が最も鋭敏な指標となる。TSHはT4の合成・分泌を刺激するだけでなく、T4からT3への変換も促進する。したがって、たとえ障害された甲状腺がTSHに反応しないためにT4およびFT4濃度が低下していても、T4からT3への変換は促進されるため、T3は比較的後まで正常範囲内にある。したがって、甲状腺機能低下症の早期診断には、TSHとFT4が有用である。FT4の低下が認められるにもかかわらず、TSHの上昇がみられなければ、中枢性甲状腺機能低下症を疑う。表には、甲状腺疾患に関連する検査項目の基準範囲を示す。

甲状腺疾患に関連する検査項目の基準範囲
検査項目 基準範囲 測定方法
 甲状腺刺激ホルモン(TSH) 0.50 - 4.10 mU/l CLEIA
 遊離型サイロキシン (FT4) 0.7 - 1.6 ng/dl CLEIA
 遊離型トリヨ-ドサイロニン (FT3) 3.1 - 4.9 pg/ml CLEIA
 reverse T3  10 - 50 ng/dl  Immunoassay

 
甲状腺機能低下症では血清総コレステロール値が上昇する。CPK、LDH、ミオグロビンなどの筋肉系の酵素の増加とともにトランスアミラーゼの上昇など肝機能異常を疑わせるような所見もみられ、しばしば心疾患や肝機能障害と間違われる。

甲状腺機能低下症では、癌の血清中マーカーと考えられているCEA、 CA125、CA15-3がしばしば増加する。

 

6. 甲状腺機能低下症の治療

ヨードには強い甲状腺抑制作用がある。したがって、ヨードを多く含んだ食べ物(海藻類やそれから取っただし)や、うがい薬(イソジンガーグル)などで知らず知らずに沢山のヨードを摂取すると、予め甲状腺ホルモンの分泌予備能が低下している慢性甲状腺炎では、容易に機能低下症に陥る。したがって、甲状腺にまだ予備能がある場合、すなわち甲状腺が腫大している場合には、ヨード摂取を制限するだけでも甲状腺機能が回復することがある。

ヨードの過剰摂取が原因ではない大部分の甲状腺機能低下症では補充療法として甲状腺ホルモン剤を内服させる。T3は肝臓や腎臓においてT4から変換され、また脳内に移行できるのはT4だけなので、甲状腺ホルモン剤としては合成T4剤であるレボチロキシンナトリウム(薬)を服用させる。具体的には、レボチロキシンナトリウム25μgを1日1回内服させ、2〜4週間ごとに漸増して徐々にTSHを正常レベルまで下げる。急速に甲状腺ホルモンレベルを正常化すると心臓に負荷がかかり、狭心症発作や心筋梗塞を起こす可能性がある。

定期的な甲状腺機能検査でTSHが高値であればレボチロキシンナトリウムの服用量を増やし、低値であればこれを減らす。

 

レボチロキシンナトリウム

  チラーヂンS
  (あすか製薬)

 

7. 消耗性疾患や慢性腎不全にみられる低甲状腺ホルモン血症

消耗性疾患では、T4からT3への変換が抑制されてT3およびFT3が低値を示す。通常、T4およびFT4は正常範囲内にあるが、重症の場合にはT4さらにはFT4も軽度低下する。TSHは正常範囲内にあり、reverse T3は高値を示すことが多い。

このように甲状腺ホルモンの動態が変化する結果、生体のエネルギー需要は低下し、異化作用は低減する。この状態は甲状腺機能低下症ではなく、合目的な適応反応としての低T3血症(non-thyroidal illnessあるいはeuthyroid sick syndrome)である。したがって、甲状腺ホルモンの補充は不要である。

透析患者でも半数以上にこのような機序による低T3血症がみられる。ただし、透析患者では通常、消耗性疾患患者にみられるようなreverse T3の高値を認めない。透析患者のこの病態は、栄養障害や透析時のアミノ酸喪失などに対する防御反応と考えられ、臨床的に問題になることはない。

透析患者のこのような病態に対しても甲状腺ホルモンの補充療法は適応とはならない。このような病態に対するホルモン補充は異化亢進を助長するだけである。


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