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7.24 肺炎球菌ワクチン

1. 肺炎球菌感染症

肺炎球菌は、肺炎、気管支炎などの呼吸器感染症や副鼻腔炎、中耳炎、髄膜炎(米国では、細菌性髄膜炎の13〜19%が肺炎球菌による)などの起炎菌となりうる。
70歳未満の市中肺炎の起炎菌としてはマイコプラズマが圧倒的に多く、肺炎球菌がこれに続く。一方、70歳以上の市中肺炎では肺炎球菌が最も多い起炎菌であり、以下、インフルエンザ菌、嫌気性菌、緑膿菌と続く。 また、高齢者の重症市中肺炎の約50%、院内肺炎の10%が肺炎球菌を起炎菌とするとの報告もある。

肺炎球菌は毒性が強い細菌である。したがって、高齢者や慢性呼吸器疾患・心疾患を有する患者に肺炎球菌感染が生じると、しばしば種々の合併症を併発し、重篤となる。

肺炎球菌による肺炎には従来はペニシリンが有効であった。しかし、1990年代に入ってからはペニシリン耐性肺炎球菌が増え、最近では50%以上がペニシリンに耐性を有する。そこで、肺炎球菌による肺炎には、用量を増やしてペニシリンを使用するか、あるいはカルバペネムなどの強力な抗菌薬を使用することになる。

肺炎球菌などは、しばしば気道に定着し、健康な人の5〜70%で鼻やのどから肺炎球菌が分離される。鼻やのどの粘膜に肺炎球菌の定着している人が咳をすると肺炎球菌を含む飛沫が生じ、免疫力の低下している人がこれを吸い込むと肺炎球菌感染症が発病する。また、冬季にインフルエンザで気管の粘膜が損傷されると、鼻やのどの粘膜に定着していた肺炎球菌が肺炎球菌感染症を発病させることもあると考えられている。 

肺炎球菌には90種の血清型が認められている。それらのうちの10種の血清型で重症肺炎球菌感染症の62%が生じていると考えられている。



 

2. 肺炎球菌ワクチン(薬)

肺炎球菌には、ポリサッカライド(多糖体)からなるカプセル(莢膜)を持つものとこれを持たないものとがある。病原性を有するのはカプセルを持つ肺炎球菌であり、カプセルを形成しているポリサッカライドを精製して作られたワクチンがポリサッカライド-ワクチンである。肺炎球菌には90種類の血清型があり、日本では、それらのうちの重要な23種の血清型に対する23価ポリサッカライド-ワクチン(PPV23:PPVはpneumococcal polysaccharide vaccineの略称)が市販されている。PPV23は肺炎球菌による感染症の80%を予防するとされている。

 

肺炎球菌ワクチン

ニューモバックス(万有製薬)

 

 

 

3. 肺炎球菌ワクチンの適応

脾臓摘出術を受けた患者は、カプセル(莢膜)を持つ菌であるヘモフィルス-インフルエンザ菌や肺炎球菌などに感染しやすい。そのため、脾臓摘出術を受けた患者は、ヘモフィルス-インフルエンザb型菌や肺炎球菌のワクチンの予防接種の対象と考えられている。そこで、日本では、「2歳以上の脾摘患者」に対する肺炎球菌ワクチンの予防接種が保険給付されている。その他の人は予防接種の任意の対象とされている。

米国疾病対策センター(CDC)は、65歳以上の高齢者やハイリスクグループの人たちには肺炎球菌ワクチンを接種するよう推奨している(表)[1]。そして、米国疾病対策センター(CDC)の勧告におけるハイリスクグループの人たちには、慢性腎不全、ネフローゼ症候群および糖尿病の患者が含まれている。

なお、肺炎球菌ワクチンとインフルエンザワクチンの両方を接種すると、インフルエンザに合併する肺炎球菌肺炎の予防効果が増大する。

 

 

4. 肺炎球菌ワクチンの投与

1回0.5mLを筋肉内または皮下に注射する。

肺炎球菌ワクチン投与の安全性は高く、重篤な副反応は稀である。注射部位に、かゆみ、疼痛、発赤、腫脹、軽い発熱、関節痛、筋肉痛などの副反応がみられることがある。すなわち、2〜3%の患者で接種日から2日後にかけて、注射部位に疼痛がみられ、1〜5%の患者で筋肉痛や37.5度以上の発熱がみられる。これらの症状は1〜3日で消失する。

製薬メーカーの製品情報によると、肺炎球菌ワクチンは、生ワクチンの接種を受けた者では、通常、27日以上、また他の不活化ワクチンの接種を受けた者 では、通常、6日以上間隔を置いて接種することとし、ただし,医師が必要と認めた場合には 、肺炎球菌ワクチンとその他のワクチンを同時に接種することができるものとされている。また、肺炎球菌ワクチンを他のワクチンと混合して接種してはならないとも記載されている。

米国疾病対策センター(CDC)のACIP(Advisory Committee on Immunization Practice )ガイドラインには、肺炎球菌ワクチンとインフルエンザ・ワクチンの同時投与により、 それぞれのワクチンの副反応が増大したり、あるいは両ワクチンの抗体応答が低下したりすることはなく、したがって、両ワクチンを同時に、しかし各腕に別々に接種してもよいと記載されている。

 

 

5. 肺炎球菌ワクチンの効果

肺炎球菌ワクチンの予防接種により肺炎球菌による感染は70〜80%減少する。また、たとえ肺炎が発症しても軽症ですむなどの効果がある。抗体価は接種後1ヶ月で最高値となり、その後4年間は高い値を維持する。5年後には抗体価はピーク時の80%に低下し、以後、徐々に低下していく。

肺炎球菌に対する抗体価が感染を防御できるレベルにある人の割合は、肺炎球菌ワクチン接種により3.3%から76.7%に増加したとの報告がある。

なお、肺炎球菌ワクチンはペニシリン耐性肺炎球菌の感染も予防する。

 

 

6. 再接種

肺炎球菌ワクチンを2年以内に再接種された成人の注射部位に、初回接種時と比べて強い局所反応(Arthus 様反応)が発現したとの米国における1970年代の研究結果に基づいて、米国では1983年の肺炎球菌ワクチンの承認当初には再接種は禁忌とされた。しかし、その後の試験において、4年以上の間隔を空けて再接種すれば、副反応の発現率は 初回接種時とほぼ変わらないことが確認された。そこで、1997年以降、米国では肺炎球菌ワクチンの初回接種から少なくとも 5年が経過していれば 、条件付で再接種が認められた。

わが国でも2009年から、肺炎球菌による重篤な疾患に罹患する危険性が高い者、および肺炎球菌特異抗体濃度が急激に低下する可能性のある者については、初回接種から5年以上が経過すれば肺炎球菌ワクチンの再接種ができるようになった。 

肺炎球菌ワクチンの再接種対象者

1)65歳以上の高齢者

2)機能的または解剖学的無脾症(例 鎌状赤血球症、脾摘出)の患者

3)HIV感染、白血病、悪性リンパ腫、ホジキン病、多発性骨髄腫、全身性悪性腫瘍、慢性腎不全、またはネフローゼ症候群の患者、免疫抑制化学療法(副腎皮質ステロイドの長期全身投与を含む)を受けている患者、臓器移植または骨髄移植を受けたことのある者 

日本感染症学会の「肺炎球菌ワクチン再接種に関するガイドライン(http://www.kansensho.or.jp/topics/pdf/pneumococcus_vaccine.pdf)」では、再接種時と初回接種時との副反応の種類は変わらないとしたうえで、再接種の副反応に対する一般的な対処方法を示している。肺炎球菌ワクチン接種の副反応について、日本感染症学会のガイドラインの一読を勧める。

 

肺炎球菌ワクチンに関する米国疾病対策センター(CDC)の勧告

推奨度

対象

再接種(注)

推奨度 ワクチンの有効性が証明され、相当な臨床的な利益がある。

●65歳以上のすべての人


●2〜64歳 で以下の人
慢性心疾患 、慢性肺疾患、糖尿病
鎌状赤血球症、脾臓摘出など

 

 

●ワクチン接種を受けたのが5年以上前で、しかもそのときの年齢が65歳未満であった人は、2回目の接種をする。
●65歳未満では再接種は推奨されない。
●患者が10歳をこえている場合には、前回接種から5年以上経過していれば、1回再接種する。
● 患者が10歳以下の場合には、前回の接種から3年後に再接種を考慮する。
推奨度 ワクチンの有効性を裏付けるある程度の証拠がある。 ●2〜64歳 で以下の慢性肝疾患、脳脊髄漏、アルコール中毒 ●推奨されない。
推奨度 ワクチンの有効性は証明されていないが、理論的に有効とされる。 ●2〜64歳 で以下の免疫能の低下した人
HIV、白血病、リンパ腫、ホジキン病、多発性骨髄腫、慢性腎不全、ネフローゼ症候群、免疫抑制化学療法(副腎皮質ステロイドなど)
●初回接種から5年以上経過していれば、1回再接種する。
● 患者が10歳以下の場合には、前回の接種から3年後に再接種を考慮する。
禁忌 絶対禁忌はない。



  CDC. Prevention of pneumococcal disease. Recommendations of the Advisory Committee on Immunization Practice (ACIP). MMWR 46(RR-8): 1-24, 1997.



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