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7.25 ノロウィルスによる胃腸炎

1. ノロウィルスの感染

ノロウィルスは経口的に感染し、十二指腸および小腸上部で増殖する。十二指腸および小腸上皮で増殖したノロウィルスは、細胞を脱落させて下痢嘔吐などの症状を生じさせる。 ノロウィルスによる胃腸炎では、死に至る重篤な例は稀であるが、患者の苦痛は極めて大きい。稀に十二指腸潰瘍を併発すること がある。

 

 

2. 流行

ノロウィルスによる感染性胃腸炎は、一年を通して発生するが、特に冬季に流行する。2007年に報告された厚生労働省食中毒統計によると、2006年の食中毒報告患者のうち 71% がノロウィルスによる胃腸炎であった。

 

 

3.感染経路

a.経口感染
ノロウィルスに汚染された飲料水や食物により感染する。特に生ガキあるいは火のよく通っていないカキやアサリ等の2枚貝による感染はよく知られている。最近では調理従事者や配膳者がノロウィルスに汚染された手指で食材をさわり、これによりサラダやパンなど、貝類とは関係のない食材により集団感染が生じている。
ノロウィルスに汚染された食品でも、中心温度 85℃以上で 1分間以上加熱すれば感染性はなくなるとされている。

b.接触感染・飛沫感染
ノロウィルスで汚染された手指、衣服、物品等に接触し、これにより汚染された手指や物品を口に入れることによってノロウィルスに感染することもある(接触感染)。
一方、ノロウィルスに感染している患者の吐物や下痢便が床に飛び散り、その飛沫を吸い込むことによって感染したり、吐物や下痢便を放置したり、処理の仕方を誤ったために、ウィルスを含んだまま乾燥した吐物や下痢便のかけらが風に乗って舞い上がり、これを吸い込んだり、これが体に付着して感染することもある。なお、患者の吐物や下痢便が床に飛び散ることにより生じる飛沫は小さな水滴であり、1〜2 m 程度飛散する。このような感染様式は通常の呼吸器感染における飛沫感染とは異なるが、やはり飛沫感染と呼ばれている。

 

 

4.症状

ノロウィルスによる感染性胃腸炎の主症状は嘔気、嘔吐及び下痢である。通常、血便を伴うことはない。発熱はないか、あるいは軽度である。小児では嘔吐が主症状であることが多いが、成人では下痢が主症状であることが多い。嘔吐・下痢は1日数回からひどい場合には10回以上となる。感染から発病までの潜伏期間は12時間〜72時間(平均1〜2日)であり、症状の持続期間は10 数時間〜数日(平均 1〜2日)である。

一般健康成人では、たとえノロウィルスに感染しても無症状であったり、軽症で終わる場合もある。重症化し、長期に渡って入院を要することは稀であるが、高齢者では合併症や体力の低下などから症状が遷延したり、吐物の誤嚥などによって二次感染を起こす場合がある。

 

 

5.診断

ノロウィルスによる感染性胃腸炎であるのか否かを臨床症状だけから確定することはできない。もし診断を確定しようとするなら、電子顕微鏡法、RT-PCR法、リアルタイムPCR法などにより、便や吐物からノロウィルスの遺伝子を検出しなければならない。
最近、糞便中のノロウィルス抗原を迅速かつ特異的に検出する測定キット(クイックナビ™‐ノロ;大塚製薬株式会社)が発売された。このキットでは、検体の遠心分離などの前処理が不要で、ノロウィルス抗原を15分以内に検出できる。
 


 

6.治療

ノロウィルスによる感染性胃腸炎に対しては対症療法が行われる。対症療法のうち、最も重要なものは経口あるいは経静脈輸液による水分補給である。これにより脱水症を防ぐ。スポーツドリンクを人肌に温めてから飲むことが推奨される。電解質を含まない湯、水、お茶などは水分の吸収が遅いので推奨されない。経静脈輸液では、血清カリウム濃度の測定結果がでるまでは、原則として1号液や生理食塩水などのカリウムを含まない組成の輸液をおこなう(健常人では、1号液以外に、ラクテックなどのカリウムを含む、細胞外液組成の輸液をおこなってもよい)。血清カリウム濃度が 3mEq/L 以上であれば、カリウムの補給をしないが、血清カリウム濃度がそれよりも低ければ、注意深く1日あたり 40mEq 程度のカリウムが投与されるようにする。輸液量については、1日あたり 1000mL 程度から始め、ドライウェイトが維持されることを目標とする。

止痢剤、いわゆる下痢止は、感染性胃腸炎の治癒を遅らせることがあるので原則として投与しない。下痢が遷延する場合には止痢剤を投与することもあるが、いずれにしても発症当初から用いるべきではない。抗生物質は無効であり、下痢の期間を遷延させることがあるので、ノロウィルス感染症に対しては通常は投与しない。制吐剤(メトクロプラミド(薬)、ドンペリドン(薬))や整腸剤(薬)の投与は行われる。なお、メトクロプラミドは肝臓でN-グルクロン酸抱合体および硫酸抱合体に代謝されたうえで腎臓から排泄される。これに対し、ドンペリドンは30%が腎臓から、70%が肝臓から排泄される。

メトクロプラミド

プリンペラン(アステラス製薬)

 

ドンペリドン

ナウゼリン(協和発酵キリン)

 

整腸剤

ビオフェルミン(ビオフェルミン製薬)

ラックビー(興和)

ミヤBM(ミヤリサン製薬)

 

7.ノロウィルスによる感染性胃腸炎の予防

a.ワクチンによる感染予防
ワクチンによる感染予防は、2013年1月現在、ノロウィルスに対する有効なワクチンが開発されていないため不可能である。なお、ノロウィルスに対する免疫は既感染者であっても1〜2年で失われる。したがって、ノロウィルスについては実質的に自然免疫も期待できない。

b.吐物・下痢便の処理
ノロウィルス感染症の患者の吐物や下痢便には、ノロウィルスが大量に含まれている。したがって、床に飛び散った患者の吐物や下痢便は適切に処理しなければならない。

床に飛び散った患者の吐物や下痢便を処理する場合には、使い捨てのガウンやエプロン、マスク、手袋を着用し、かつ眼鏡やゴーグルなどで目を防御する。そのうえで、汚物中のウ ィルスが飛び散らないように、吐物、下痢便をペーパータオルで静かに拭き取る。拭き取った後には、次亜塩素酸ナトリウム(塩素濃度が約 200 ppm)をかけ、その後水拭きする。なお、拭き取りによっても飛沫が発生するので、無防備なスタッフは近づけないようにする。
おむつなどは速やかに閉じて便を包み込み、拭き取りに使用したペーパータオルと共にビニール袋に入れ密閉して廃棄する。この時、ビニール袋には廃棄物が充分に浸る量の塩素濃度が約 1,000 ppm の次亜塩素酸ナトリウムを入れる。

ノロウィルスは次亜塩素酸ナトリウムでなければ消毒できない。細菌感染によく用いられる塩化ベンザルコニウム(商品名:オスバン等)はノロウィルスには無効であり、アルコールも効果が低い。
吐物や便が乾燥するとノロウィルスを含む粉末が容易に空中に漂う。したがって、吐物や便は乾燥しないうちに速やかに処理し、処理した後はウィルスが屋外に出て行くように十分に喚気を行う。

乾燥した状態でも、ノロウィルスは 4℃ で 8 週間、20℃で 3〜4 週間生存するとされている。

c.環境の消毒
ノロウィルスは、ドアノブ、カーテン、リネン類、日用品などを介しても感染する。感染者が発生した場合には、次亜塩素酸ナトリウムでこれらの環境を消毒する。ただし、次亜塩素酸ナトリウムには金属腐食性があるので、ドアノブなどの消毒後は薬剤を拭き取 る。
 


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