透析百科 [保管庫]

21.27 HbA1cとグリコアルブミン

蛋白質が還元糖と結合し、長い時間をかけてAGEs(advanced glycation end products)に変化していく糖化反応を背景にしながら、血糖コントロールの指標物質であるグリコヘモグロビン(HbA1c)とグリコアルブミンについて記載する。

 

1.蛋白質の糖化反応(glycation;メイラード反応)

蛋白質の種類によらず、蛋白質とブドウ糖(実際には、ブドウ糖を含む広く還元糖)が共に存在する条件の下では、蛋白質にブドウ糖が結合し、その結合形態はしだいに強固なものとなっていく。この強固な結合形態の蛋白質-ブドウ糖複合体をアマドリ転位生成物と呼ぶ。その後、アマドリ転位生成物のブドウ糖部分は、酸化・脱水・縮合などの複雑な反応を経て、他の蛋白質との間に架橋を形成し、またマクロファージを引き寄せるなどの特性を有する物質に変わっていく。このような蛋白質とブドウ糖の反応の最終生成物をまとめてadvanced glycation end products(AGEs)と呼ぶ。これら一連の反応はすべて非酵素的に進行する。

以上のような蛋白質とブドウ糖などの還元糖との間の一連の反応を糖化反応(glycation)、あるいは発見者の名にちなんでメイラード反応と呼ぶ。メイラード反応は大略するとアマドリ転位生成物を生成する前期反応と、アマドリ転位生成物がAGEsへと変化する後期反応に分けられる。

すでに述べたように、蛋白質は種類によらずメイラード反応を受ける。例えば、マトリックスを形成する蛋白質(cf.コラーゲンやフィブリン)、細胞膜の蛋白質(cf.グルコース輸送タンパク質)、細胞内の蛋白質(cf.ヘモグロビン)、酵素を形成する蛋白質(cf.リゾチーム)、血漿蛋白質(cf.アルブミン、フィブリノーゲン)など、どのような蛋白質であっても還元糖と結合し、アマドリ転位生成物を経てAGEsにまで糖化される。そして、血糖値が高ければ、メイラード反応により生成されるアマドリ転位生成物やAGEsの量も多くなる。

a.アマドリ転位生成物
グリコヘモグロビンやグリコアルブミンは、メイラード反応の前期生成物であるアマドリ転位生成物である。

b.Advanced glycation end products (AGEs)
メイラード反応の後期反応では多岐に渡る反応経路から、単一ではなく様々な物質が生成する。AGEsはそれらの生成物の総称である。AGEsには、例えばペントシジン、クロスリン、イミダゾロン、カルボキシメチルリジン、ピラリンなどがある。
AGEsは糖尿病の合併症を引き起こす因子のひとつであると考えられている。例えば、過剰な糖は血管壁を形成する蛋白質であるコラーゲンと結合し、アマドリ転位生成物を経て最終的にAGEsとなる。このようにして形成されたAGE-コラーゲン分子は互いに結合し、コラーゲンとしての弾力性を失う。その結果、とくに細い血管の壁は硬化し、その内面は血栓を形成しやすくなる。
透析患者に特有な現象として、透析アミロイドーシスの一症候としての骨のう胞の形成にはAGEsが関与すると指摘されている。透析患者の体内に蓄積したβ-ミクログロブリンは未知のメカニズムにより体内の多くの組織でアミロイド線維を形成する。このように、アミロイド線維として長く固定されることとなったβ-ミクログロブリンはやがてブドウ糖などの還元糖と結合し、メイラード反応によりAGE化する。とくに、骨においてAGE化したβ-ミクログロブリンはマクロファージをその部位に遊走させ、遊走してきたマクロファージからはTNF-αなどの炎症性カイトサインが分泌される。分泌されたサイトカインは骨基質のコラーゲンを分解し、やがて骨のう胞が形成される。いわゆるアミロイド骨症である。

 

 

2. 血糖値とグリコヘモグロビンあるいはグリコアルブミンとの関係

グリコヘモグロビンは赤血球内蛋白質であるヘモグロビンが血液から移行してきたブドウ糖と結合することにより生成されたアマドリ転位生成物である(メイラード反応前期生成物)。 同様に、グリコアルブミンも血漿蛋白質であるアルブミンが血液中のブドウ糖と反応して生成されたアマドリ転位生成物である(メイラード反応前期生成物)。

さて、メイラード反応は非酵素的に進行する。したがって、ある短い期間におけるアマドリ転位生成物の生成速度は血液中のブドウ糖濃度の平均値(平均血糖値)に比例する。すなわち、ヘモグロビンやアルブミンは、産生されてからその寿命を終えるまでの間、その時々の血糖値に比例する速度で血液中のブドウ糖と結合し、アマドリ転位生成物に変わっていく。したがって、ある時点における血液中のグリコヘモグロビン量、あるいはグリコアルブミン量は、それぞれの蛋白質の寿命の分だけさかのぼった過去からその時点に至るまでの間の血糖値の変動を反映する。

a.グリコヘモグロビン(HbA1c)
 (1) 用語の解説
成人型ヘモグロビン(HbA)にブドウ糖が結合した分子は、高速液体クロマトグラフィー法(HPLC法)でHbA1と称される独立した分画に分離される。HbA1はHbAとブドウ糖とが強固な形態で結合している分子と両者が不安定な形態で結合している分子から成る。これらのHbA1のうち、HbAとブドウ糖が強固な形態で結合している分子(アマドリ転位生成物となったHbA1)は、さらに陽イオン交換樹脂を用いたクロマトグラフィー法でHbA1cと称される分画に分離され、平均血糖値の指標にはこのHbA1cが用いられる。そこで、以後、この項ではグリコヘモグロビンに代えてHbA1cの名称を用いる。

 (2) 平均血糖値とHbA1c
アマドリ転位生成物となったヘモグロビン(HbA1c)もそうでないヘモグロビンも、共に老化した赤血球がマクロファージに貧食されることで血液中から消失していく。

さて、赤血球の寿命はおおよそ120日である。すなわち、ヘモグロビンの寿命もおおよそ120日ということになる。したがって、全ヘモグロビンに占めるHbA1cの比率は赤血球の寿命である過去120日間(4ヶ月間)の血糖値の変動を反映する。具体的には、ある時点で測定されたHbA1c値について、直近の1ヶ月間の平均血糖値の関与は 50%、過去2ヶ月前から1ヶ月前までの平均血糖値の関与度は 25%、それ以前の2ヶ月間の平均血糖値の関与度は 25% であるとされている。

エリスロポエチン製剤の投与によりヘマトクリット値が急速に上昇している時期には、HbA1cは見かけ上、低値を示す。また、出血やダイアライザへの残血、あるいは溶血のために赤血球寿命が短縮している場合にもHbA1cは低値を示す。透析患者で血糖コントロール状態の指標にHbA1cを用いる場合には、このようなHbA1cの偽低値に注意しなければならない。

なお、後に述べるHbA1c(NGSP値)と平均血糖値の間には表1の関係が存在すると報告されている。

表1 HbA1c(NGSP値)と平均血糖値との関係
---Diabetes Control and Complications Trial(DCCT)の調査による---
HbA1c(NGSP値)
(%)
平均血糖値
(mg/dl)

4

60

5

90

6

120

7

150

8

180

b. グリコアルブミン(GA)
アルブミンの半減期はおおよそ17日である。したがって、全アルブミンに占めるグリコアルブミンの比率は過去2週間〜1ヶ月間の血糖平均値を反映する。
インスリンの投与量や経口糖尿病薬の投与量を変更した場合には、HbA1cよりもグリコアルブミンの方が速やかに反応する。すなわち、グリコアルブミンはHbA1cよりも血糖コンロトール状態の変化を鋭敏にとらえる。またHbA1cよりもグリコアルブミンの方が食後高血糖を反映しやすいとされている。
 

 

 

3. HbA1cの国際標準化(http://www.jds.or.jp/jds_or_jp0/uploads/photos/667.pdf)
日本糖尿病学会は、2012年4月1日より日常臨床におけるHbA1c値の表記を、現行のJapan Diabetes Society値(JDS値)から、国際的に使用されているNational Glycohemoglobin Standardization Program(NGSP)相当値に変更していくと発表した。このように、HbA1c値の表記は変更するものの、HbA1cの測定方法はこれまでと変えず、単にJDS値として得られた値に機械的に 0.4%を足してNGSP値とすることになっている。
表記法に関しては、NGSP値のHbA1cは、「HbA1c(NGSP)」と記載し、従来のJDS値のHbA1cは「HbA1c(JDS)」と記載する。検査項目名の表示・印字文字数が 5文字以内となっている臨床検査用紙では、従来の JDS値のHbA1cに対しては従来通り「HbA1c」の項目名が与えられるが、HbA1c(NGSP)に対しては「C」をアルファベットの大文字として「HbA1C」の項目名が与えられる。

 

 

4.グリコヘモグロビン(HbA1c)とグリコアルブミン(GA)

透析糖尿病患者では、透析による赤血球破壊や赤血球寿命の短縮により、あるいはエリスロポエチン製剤の投与にともなってHbA1cが偽低値を示すことがある。実際に、稲葉らは、糖尿病を合併している透析患者では、平均血糖値に対するHbA1C濃度の比が同様に糖尿病を合併している正常腎臓の患者に比べて30%程度低く、これに対し、平均血糖値に対するグリコアルブミン濃度(GA)の比は、糖尿病を合併している透析患者でも糖尿病を合併している正常腎臓の患者でもほぼ同様であるいと報告している。したがって、透析患者ではHbA1C濃度を使用するよりもGAを使用する方が合理的であると考えられる[1]。

 

 

5. HbA1cの目標値とグリコアルブミンの目標値

a.HbA1c
腎不全のない糖尿病患者では 6.9% 以下をHbA1c(NGSP)の目標値とするのに対し、糖尿病透析患者では 6.9 〜 7.9% をHbA1c(NGSP)の目標値とする。

b.グリコアルブミン(GA)
腎不全のない糖尿病患者では、グリコアルブミンの目標値を 19.5% 以下とする。一方、「血液糖液患者の糖尿病治療ガイド2012」は糖尿病透析患者におけるグリコアルブミンの管理目標値を 20 % 未満としている[2]。
 

表2 HbA1c(NGSP)とグリコアルブミンの目標値
血糖コントロールの指標

正常値

腎不全のない糖尿病患者
における目標値
糖尿病透析患者
における目標値

HbA1c(NGSP)

4.7〜6.2%

6.9%以下

6.9〜7.9%

グリコアルブミン

11.3〜16.7%

19.5%以下

20%未満

 

 

6. AGEs蓄積速度を示す指標としてのHbA1cおよびグリコアルブミン

血管壁を形成する組織、神経組織、骨組織など、構成蛋白質の回転が遅い組織では、構成蛋白質のアマドリ転位生成物が長い時間をかけてAGEsに変わっていく。そして、これらの組織はAGEsの生理活性のために様々な損傷を受けるようになる。

これに対して、血液中に存在するヘモグロビンやアルブミンは半減期が短いため、そのアマドリ転位生成物はAGEsに変わる前に除去される。ところが、アマドリ転位生成物は放置しておけばAGEsに変わるはずの物質である。したがって、HbA1cやグリコアルブミンの血中レベルは、単に血糖のコントロール状態を反映する指標として有効であるだけでなく、その時点での体内組織へのAGEs蓄積速度を示す指標という側面をもつ可能性もある。

 

 

 

1.    稲葉雅章:糖尿病腎症と血糖コントロール 糖尿病血液透析患者でのグリコアルブミン(GA)の血糖指標としての有用性. 臨床透析28: 165-172, 2012.

2.    一般社団法人日本透析医学会:血液糖液患者の糖尿病治療ガイド2012. 46: 311-357, 2013.