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21.26 ANCA(抗好中球細胞質自己抗体)

(この項は岡山大学第3内科の矢野 愛先生が執筆)

ANCAとは、「抗好中球細胞質自己抗体」の英語名である「anti-neutrophil cytoplasmic autoantibody」の各単語、最初のアルファベットを組み合わせた略語である。

ANCAは、急速進行性腎炎症候群に属する腎疾患の一部において陽性を示す。

 

1.急速進行性腎炎症候群

まず、ANCAの理解に必要な範囲で急速進行性腎炎症候群について記載する。

急速進行性腎炎症候群とは、血尿や蛋白尿などの尿所見を呈し、数週間から数ヶ月の間に急速に腎機能が低下していく予後不良な腎疾患の総称である。急速進行性腎炎症候群は、顕微鏡で見た腎糸球体の所見(蛍光抗体法所見)により、抗基底膜抗体型、免疫複合体型およびpauci-immune型の3型に分類される。これら3型の急速進行性腎炎症候群のうち、ANCAが陽性になることがあるのは、pauci-immune型の急速進行性腎炎である。

a.抗基底膜抗体型の急速進行性腎炎
免疫グロブリン(IgG)が糸球体係蹄に線状に沈着している急速進行性腎炎。

b.免疫複合体型の急速進行性腎炎
糸球体内にIgGおよび補体が顆粒状に沈着している急速進行性腎炎。

c.pauci-immune型の急速進行性腎炎
IgGおよび補体の糸球体内沈着が認められない急速進行性腎炎。

 

 

2.ANCA関連腎炎の定義

血清ANCAが高力価で陽性を呈し、腎生検でpauci-immune型の腎炎が証明された場合にANCA関連腎炎と診断する。

 

 

3.ANCAによる糸球体傷害の機序

白血球の一種であるマクロファージは、何らかの異物(抗原)を取り込むと体液中にサイトカインを放出する。このようにしてマクロファージから放出されたサイトカインは好中球を刺激し、この刺激により好中球内部から好中球表面にMPO (myeloperoxidase)やPR3 (proteinase-3)などの物質が移動し、好中球表面に現れるようになる。このようにして好中球表面に現れたMPOやPR3などの物質に、それらに対する抗体であるANCAが結合すると、好中球は活性化される。そして、活性化された好中球は血管内皮を傷害するようになる。毛細血管が特殊な形態に変化した組織である糸球体の内皮がこのような機序で傷害されると、これをANCA関連腎炎と呼ぶ。

 

 

4. ANCAの種類

ANCAがMPOやPR3などの物質に対する抗体であるということは、MPOやPR3などの物質はANCAの抗原であることを意味している。

好中球がマクロファージから放出されたサイトカインで刺激される前には、MPOは核周辺に存在する。そこで、「核周辺の」という日本語に対応する英語が「perinuclear」であることからMPOを抗原とするANCA(MPO-ANCA)を「perinuclear」のpを単語の最初に付けてP- ANCAと呼ぶ。一方、好中球がマクロファージから放出されたサイトカインで刺激される前には、PR3は細胞質に存在する。そこで、「細胞質の」という日本語に対応する英語が「cytoplasmic」であることからPR3を抗原とするANCA(PR3-ANCA)を「cytoplasmic」のcを単語の最初に付けてC- ANCAと呼ぶ。

なお、C- ANCAはWegener肉芽腫にのみみられるが、P- ANCAはpauci-immune型の腎炎、Churg-Strauss症候群で高率に陽性となる他、関節リュウマチでも陽性となることがある。

 

 

5.ANCA陽性の基準

ANCAが陽性であるのか、あるいは陰性であるのか、調べる方法には、間接蛍光抗体法(IF法)と酵素抗体法(ELIZA法)とがある。IF法はANCAが陽性か、あるいは陰性かに大きく分ける定性判定法である。これに対して、ELIZA法は血清中のANCAの濃度を測定する定量判定法である。

ELIZA法で血清中のANCA濃度を測定する場合、MPO-ANCA (P-ANCA)では、20EU未満を陰性とし、20EU以上を陽性とする(二プロ社製MPO-ANCA測定試薬を使用)。一方、PR3-ANCA(C-ANCA)では、10EU未満を陰性とし、10EU以上を陽性とする(EuroDiagnostica社製PR3-ANCA測定試薬を使用)。

 

 

6.透析患者におけるANCA

透析導入時にANCAが高値を示していた患者で、その後も持続的にANCAが高値を示している場合や、透析導入時に高値を示していたANCAがその後一旦陰性化し、透析を続けるうちに再び陽性になった場合には、ANCAに関連する血管傷害が再燃する危険性がある。また、以前にANCAが陽性であったことのある透析患者に不明熱、血痰、紫斑、関節痛などの血管炎を疑う症状が出現した場合には、ANCAの測定が必要である[1]。

透析患者におけるANCAの陽性率についてはあまり報告がないが、335人の透析患者(血液透析176人、腹膜透析159人)および、健常人100人を対象にANCAを測定したAndreiniらの報告によると[2]、健常人および腹膜透析患者ではANCAは陰性であったが、血液透析患者においては、IF法で26人(14.7%)にP-ANCAが陽性、5人(2.8%)にC-ANCAが陽性であり、またEIA法では23人(13%)でP-ANCAが陽性、12人(6.8%)でC-ANCAが陽性であった。さらに同報告によると、年齢、透析歴、原疾患あるいはダイアライザーの材質とANCA陽性率との間に関連は認められなかったが、血液浄化法の種類とANCAの陽性率との間には関連が認められた。すなわち、血液透析や血液濾過(HF)に比べ、on-line HDFではANCAの陽性率が高かった。この結果は、不十分にしか清浄化されていない透析液をon-line HDFで使用した場合には(おそらくpush/pull HDFでも同様)、汚染された透析液の体内流入に伴ってマクロファージでのサイトカイン産生が刺激され、これによりANCAが誘導される可能性を示唆している。

 

 

 

文献

1.      吉岡淳子、他:維持透析5年後に不明熱を呈しANCAとの関連が考えられた血液透析患者の1症例. 透析医学会誌 36: 147, 2003.

2.      Andreini B, et al.: ANCA in dialysis patients: a role for bioincompatibility? Int J Artif Organs 23: 97-103, 2000.


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