21.28 トロポニンT
1. トロポニンTの意義 心筋トロポニンT の血中濃度は現時点で最も鋭敏、かつ特異的な心筋障害マーカーであり、微小な心筋病変も検出する。
2.
トロポニンTの分布 トロポニンは、さらにトロポニンT、トロポニンC およびトロポニン I に分けられる。これらの中で、トロポニンC は、心筋でも、骨格筋でも、アミノ酸配列に差はないが、トロポニンT とトロポニン I については、心筋と骨格筋とではアミノ酸配列が異なる。したがって、心筋由来のトロポニンT 、トロポニン I と骨格筋由来のトロポニンT 、トロポニン I はそれぞれ区別して測定することができ、心筋トロポニンT と心筋トロポニン I 、とくに心筋トロポニンT は心筋障害マーカーとして用いられている。 すでに述べたように、心筋トロポニンT(分子量39,000)は I フィラメントを構成する心筋構造蛋白のひとつであるが、その一部(約6%)は心筋細胞の細胞質に可溶性の状態で存在する。心筋障害がおこると心筋細胞膜の透過性が増大して、まずこの可溶性トロポニンT が血中に流出する。さらに、これに続いて心筋組織が破壊すると I フィラメントを構成していた不溶性心筋トロポニンTが血液中に流出し始める。 心筋細胞の細胞質に由来する可溶性トロポニンT は、心筋障害の発生後 3.5 時間程度で上昇を開始し、11〜18 時間でピークをつける。これに対し、I フィラメントを構成していた不溶性の心筋トロポニンT は心筋組織の破壊とともに上昇し始め、おおよそ4日後にピークをつける。すなわち、急性心筋梗塞では血中トロポニンT 濃度は2相性のピークを示すのに対し、不安定狭心症では単一のピークを示す。
3. 心疾患と心筋トロポニンT a.
急性心筋梗塞 これに対し、トロポニンT
は、心筋が障害されたときのみ上昇する。急性心筋梗塞では、トロポニンT
の血中濃度は2相性に上昇する(図1)。すなわち、心筋虚血あるいは微小心筋障害の発生後
3.5
時間程度で、心筋細胞膜の透過性の増大にともなって細胞質由来の可溶性トロポニンT
が血液中に流出し始める。その後、心筋組織の破壊にともなって、I
フィラメントを構成していた不溶性の心筋トロポニンT
が血液中へ流出し始める。 なお、欧州心臓病学会と米国心臓病学会の合同作業チームは、心電図変化と臨床症状に基づく急性心筋梗塞の診断基準を、2000 年に心筋トロポニンT あるいは心筋トロポニン I の血中濃度に心電図所見と臨床症状を加味して診断する新しい基準に変更している[1]。
b.
不安定狭心症 なお、近年、急性心筋梗塞と不安定狭心症の原因は冠状動脈の血栓症であり、両者の相違は血栓の大きさのわずかな違いによるとの視点から、両者は、急性冠症候群(ACS;acute coronary syndrome)の名称の下、同一の疾患概念の中で捉えられるようになってきた。すなわち、冠状動脈における血栓形成が過大で冠状動脈の内腔を完全閉塞すれば急性心筋梗塞が発生し、冠状動脈が不完全に閉塞するにとどまれば不安定狭心症となり、また、一時的に冠状動脈を閉塞していた血栓が流出して冠状動脈が早期に再開通すれば非Q波心筋梗塞となるのであって、これらの疾患は血栓の大きさのわずかな違いで決まるとの考え方である。
c.
急性心筋炎 急性心筋炎でも心筋トロポニンT の血中濃度が上昇する。急性心筋炎では心筋トロポニンT の血中濃度の上昇とともに、CRPの上昇、白血球の増多も認められる。心筋トロポニンT の血中濃度や白血球数は数時間単位で変動する。 一方、心筋虚血傷害の発症初期に上昇するバイオマーカーとしての心筋トロポニンTについては、透析患者では疑陽性が多く、急性心筋傷害のマーカーとしての意義は小さいとの報告もある。Appleらは、胸部症状のない透析患者を対象にした研究で、カットオフ値が0.01 ng/mLでは82%、0.03 ng/mLでは53%、0.1 ng/mLでは20%においてのみ、心筋トロポニンTが陽性になったと報告している[3]。 また、血中心筋トロポニンT濃度が上昇し始めるのは心筋障害の発生3.5時間後であり、したがって心筋梗塞発症後5時間以内は心筋トロポニンTが陽性とならないことがある。以上の理由で、急性冠症候群の診断にトロポニンT検査を用いる際には、心筋梗塞が発生しているにもかかわらず、検査のタイミングが早かったためにトロポニンTが陽性にならなかった可能性、いわゆる偽陰性にも注意しなければならない。
4. 透析患者における心筋トロポニンT 濃度 ときに、長期透析患者では血中心筋トロポニンT が陽性になる。これは腎機能低下にともなう心筋トロポニンT の排泄遅延によるものではなく、慢性腎不全患者に潜在的に存在する心筋障害によるものと思われる。したがって、透析患者においても、急性冠症候群の予後予測に関する バイオマーカーとしての心筋トロポニンT 濃度の有用性は変わらない [2]。 一方、心筋虚血障害の発症初期に上昇するバイオマーカーとしての心筋トロポニンTについては、透析患者では疑陽性が多く、急性心筋傷害のマーカーとしての意義は小さいとの報告もある。Appleらは、胸部症状のない透析患者を対象にした研究で、カットオフ値が0.01 ng/mLでは82%、0.03 ng/mLでは53%、0.1 ng/mLでは20%においてのみ、心筋トロポニンTが陽性になったと報告している[3]。 また、血中心筋トロポニンT濃度が上昇し始めるのは心筋障害の発生3.5時間後であり、したがって心筋梗塞発症後5時間以内は心筋トロポニンTが陽性とならないことがある。以上の理由で、急性冠症候群の診断にトロポニンT検査を用いる際には、心筋梗塞が発生しているにもかかわらず、検査のタイミングが早かったためにトロポニンTが陽性にならなかった可能性、いわゆる偽陰性にも注意しなければならない。
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5. 心筋トロポニンT 迅速検査キット 心筋トロポニンT は、外注により分析機を用いて測定するが、最近は全血を滴下するだけで 5〜15 分後に判定できる検査キット(器具)も発売されている。
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■心筋トロポニンT検査キット トロップTセンシティブ (三和科学研究所)
カーディアックリーダー (ロシュ・ ダイアグノスティックス)
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文献 1. ACC/AHA Task Force: ACC/AHA guideline for the management of patients with unstable angina and non-ST-segment elevation myocardial infarction. J.Am Coll Cardiol 36:970-1062, 2000. 2. Aviles RJ, et al.: Troponin T Levels in Patients with Acute Coronary Syndromes, with or without Renal Dysfunction. N Engl J Med. 346:2047-2052, 2002. 3. Apple FS, et al.: Predictive value of cardiac troponin I and T for subsequent death in end-stage renal disease. Circulation 106: 2941-2945, 2002.
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